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un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ハンス=ゲオルク・ガダマー「美的経験と宗教的経験」(1964/78)

 [以下はHans-Georg Gadamer, »Ästhetische und religiöse Erfahrung«, in: ders., Gesammelte Werke 8. Ästhetik und Poetik I, Tübingen 1999, S.143-155.の試訳。節の区分と見出し、および[ ]と[*]で本文中に挿入した解説と注は訳者による。また〈 〉のくくりも文意をはっきりさせるために訳者が挿入したものである。

 

 

 

          美的経験と宗教的経験

 (1964/1978)

  

[1.分析の解釈学的準備 ~文書とテクストの違い~]

 

 あらゆる経験と同様、美的経験と宗教的経験も言葉にされることを迫る。〈詩は言葉による「制作」であり、神-論は神的なものの「語り」である〉というこれに関連する表現があるが、ギリシャにまで遡るその原義がこのことを言い表している。しかしここで問題となっている詩の語りと宗教の語りは、単純に前提されてはならない。ギリシャ的な「神学」と詩を知る者なら誰にでも明らかなのは、そこでは詩の言葉と神話的伝承とが容易に区別できないということである。そもそもわれわれに神話的伝承を伝えるのはただ詩人のみであった。詩の言語であろうともしくは宗教の言語であろうと、たとえばインドの伝承や中国の伝承に問いかけるようなことはわれわれにはまだほとんどできないだろうし、そのさい〈それは詩なのか、宗教なのか、哲学なのか〉と問うことすらできないだろう。ヨーロッパにおいて初めて、そして明らかに学問と哲学の発生と関連して、宗教的伝承と詩的伝承との緊張に満ちた対立が始まり、最終的に詩の語りと宗教の語りとの区別に至ったことは、明らかにヨーロッパにおける精神の発展の特質である。かくしてわれわれは詩的経験と宗教的経験とを抽象的な無時間性のうちに主題化することができず、われわれ自身のヨーロッパ・キリスト教的な伝統からさまざまな語り方とその根底にある経験とを問わねばならないだろう。

  ユダヤキリスト教的伝統において初めて聖書の宗教が始まった結果、まさに英語でいう「書かれたものscripture」がなんの付加語もなくそのまま聖書を理解させるように「文書Schrift」が正典の妥当性を要求するようになるが、私にはこの「文書」によって初めて先のように問うことができるとはとうてい思えない。それゆえ哲学や詩のみならず、詩と宗教もそれぞれ離れ離れにわれわれの方へとやってくることによって、古典古代世界の文学的伝承すべてが「異教的」なものとしてそれ自体の真理要求を失ったのだが、そのことはこの宗教の形式(われわれはギリシャとローマの人文主義的遺産の下にあるのと同様、この伝統によって立っている)の登場と関連しており、この関連こそ問われるべきである。われわれの主題があり得べき問いの緊張感を得るのはここからなのだ。老子は詩人以上の人であったか、宗教的説教者以上の人であったか、それとも哲学者以上の人であったかなどと問うことは無意味であろう。

  かくしてわれわれの主題で重要となるのはおのずと理解される問いではなく、解明されねばならない先行了解を含んでいる問いである。語りと文書が問題となる限り、それは解釈学的な主題である。「解釈学」は一八世紀に正当なものとして一般化したがその後、一世紀近く消滅していた用語である。一八世紀当時、解釈学という語はまさに日常言語の言葉であった。ものわかりが良く、他人の言うことを聞き入れたりその中に隠されたもの、言い表されなかったものをわかり合う術を知っている人の「解釈学」について語ることができた。一般解釈学を基礎づけたシュライアーマッハーは、解釈学の技が社交的生活にとっても基本的に欠かすことのできないものであることを何度も引き合いに出している。シュライアーマッハーはこう述べている。「われわれが才気に富み迫力ある著作の行間を読むように、言葉ことばの間を聞こうと努力もしないで、傑出して才気溢れる人とつき合うことができる者などいようか。同様に、多彩な側面からそのまま意義ある重要な行為となり得る重要な会話を正しく考察すべきものと考えず、その考察のうちから生き生きとした観点を取り出そうとしない者などいるだろうか…」。

  じっさいこのように解釈学の才能とは、われわれにとって理解しがたく異質と思われるものでも理解できるようにすることに他ならない。

  われわれの読みの手法全体においてこの課題が自らのもっとも高度な要求と一致するのは、何かを言わせることが問題となる場合である。それを満足のいくまで習得することは、どんな個々人の人生においてもけっして終わることのない課題であろう。しかしわれわれが自己過信によってそうした[終わりのないことによる]士気の封じ込めを無視するとしても、やはり理解の課題は目下の困難の下で設定されるしかないと言うことはできる。このように理解の課題は、凍りついた言葉、文書に凝固した言葉がふたたび話し始めるところで特別な仕方で設定される。その点で明らかなのは、テクストと対峙し書かれたものSchriftlichkeitに出くわすところならどこでも、理解することは困難な課題であるということである。テクストをふたたび語りにもたらすことが重要となる。

  いまやまさにここで決定的なのは書かれたものの外的事実ではない。なるほど書かれたもののどのような類もそれが話されるさいには変化してしまうというのは正しい。文書を通常通り使用することは、いずれにせよ根源的な語りへと戻るよう指示することである。その意味でテクストは、けっして自らの力で語りになろうと要求しない。私が記録を読むとき、おそらくテクストではなく話者がふたたび語りだそうとし、そうすることになる。しかし(広義での)「文学的」テクストの場合、ふたたび話し始めるのは確かに話者ではなく、テクストであり情報でありメッセージである。どのようにしてそうなるのかは別問題だ。詩や文学においてそれらが「話し」はじめるとき、われわれはもちろんここで文章を書く芸術について語っている。テクストがおのずと語り出し、生き生きとした言葉のもともとの発話行為に立ち戻ろうなどともはや思いもよらなくなるようにするにあたり、文章を書く芸術家はどのようなことを行っているのだろうとわれわれは自問する。[他方]われわれのユダヤキリスト教的な伝承が伝える宗教的テクストでは、もちろん事態は異なる。聖書においてわれわれに語りかけてくるものは、文章を書く芸術家に主に基づいているのでなく、シナゴーグや教会の権威に基づいており、そこでは権威が話し始める。

  このように詩の語りと宗教の語りとの区別を分析しようとする場合、われわれは二種類の傑出したテクストと関わっている。われわれは両テクストの本質が有する特別な含意をはっきり捉えなければならない。そのさいまず狭い意味でわれわれが「文学」と呼ぶテクストがある。私はこれを「卓越した」テクストと呼んでいる(1)。それはたとえば講演を文書に留めておいたり口頭での伝達の代わりに手紙を書いたりする場合に作られるメモのようなものではない。書かれたものはどんな場合でも、話されたものへと根源的に立ち戻ることに他ならない。それに対し卓越したテクストはわれわれがテクストとして読むものであり、 [書かれたものとは] ちょうど逆の仕方でわれわれはそのテクストが「書かれている」ものであることに気づかされる。

  なるほど、言語使用は聖書テクストや法典や「文学」テクストのような卓越した場合においてだけ「テクスト」という語の使い方を知るわけではないということは認められよう。しかしこのことがさらに意味しているのは文書一般によって語りを「技術的」に固定化することにすぎず、それは宛名書きや指示書きや法典に規範的妥当性を与えはするが、どのみち「文学」という意味での自律性を与えることはない。それに対し文学テクストは、この語自体が語っているように、自分自身のうちでひとまとまりになるようにした糸の織り物である。そうした語りは(それが実際テクストであるなら)、自分自身のうちに「とどまり」もはやより本来的な話しに立ち戻ることのないように、自分自身のうちでひとまとまりにならねばならない。法律や教会での実践と支え合いながら連関することなくこのことが当てはまるところでは、テクストは「自律的」である。

 

 

[2.自律的な文学テクストになる詩的言語]

 

〈詩的言語と宗教的言語を独自に区別しようとするにはギリシャ的な伝統の内部では不可能だ〉というところからわれわれは出発したのだった。確かに祭儀は存在したし、祭儀のうちには言語的表現形式も存在した。だがわれわれの知るギリシャ人の宗教的伝承は詩によって成立したのだった。ギリシャ宗教的伝承はそれが物語られたということ以外の証拠を知らないため、われわれはそれを神話的伝承と呼ぶ。[そこでは]始めに神々の歴史と英雄の歴史がくる。神々と英雄の歴史が幾度となくくり返して物語られる形式は、いつも新しい解釈である。新解釈において自由に物語られる。それどころか物語の自由はさらに神の批判を含んでいて、われわれは叙事詩の時代を継ぐギリシャの偉大な詩人たちのうちにたとえばホメロスの神々の態度への批判のようなものを見出す。宗教の語りと詩の語りとの分かちがたい統一は、〈ギリシャ哲学からなされる詩人への批判ですらも[神々への批判という]後者の意味で神学であり続けている〉という点にとりわけ示されている。プラトンがみごとな手並みで伝統的な宗教的動機と哲学的概念のバロック風な混合から彼の神話をつくり出す術を知っていたとすれば、それはプラトンの伝承全体を特徴づけているもの、すなわち真と偽を混ぜ合わせることや、高等な話題が同時に自由な遊びであることと関係している。

  ギリシャ詩の自己了解の先頭に立つのはヘシオドスのプロオイミオン[*1]であり、そこではミューズが詩人の前に現われて、自分は多くの間違ったこと多くの正しきことを教えることができると詩人に約束する。ヘシオドスのプロオイミオンは詩人にのみ認められた拘束力のなさをこの詩節から語り出している。詩節に聞き耳を立てる者は、それがいつも真と偽の両方を話す(ミューズはその自由を保持している)ことになると確信する。明らかに問題はもうここにあるのであって、それは〈もし真理への要求がそのように案出の自由と対になっているのなら、何がそうした真理要求を保障してくれるのか〉という問題である。これはわれわれには馴染みの問題だ。われわれは現代人がそのつど別物であったかのように言う美的なものの概念や詩にのみ限定された概念に欺かれることはないだろう。詩はうまく響くように言葉を組み立てる形式上の手並みのよさだけでなく、真であろうとするものを言い表すところにも成立し。必ずしも美の形を与えないものの研究において私はこれを「美の無関心ästhetische Nichtunterscheidung(2)と呼んだ。推敲の一種である同一思想反復Exergasia[*2]ギリシャ絵画の用語法)がそれ自体注目されてないということが、詩の理解の本質となってしまっている。むしろ内容は言語-形式にしたがって強制的に形成されることで、われわれをすっかり満足させる直観的現前が提起され、より把握しやすい仕方で伝達されるのだ。

  ここでわれわれは〈このことはギリシャの始原ではどのように見られていたのか? 神話は詩と真理との間でどうふるまったのか?〉とふたたび自問する。神話における第一のものは〈物語り〉である(3)。そしてわれわれは物語りが何であるかつねに知っておくべきであろう。物語りとは自らのうちで開かれつつ終わることのない出来事であり、自らのうちでけっして創造することのない出来事である。何度もくり返して物語るかのように何の印象も呼び起こさない物語り手は物語り手ではない。しかしこのことは〈神々が物語りの形式で語られるさい、この[物語りという]伝承の形式自体においては実際に話されたことが当初のあったところよりも向こうにあるものへと超出してゆく〉ということを意味する。神々の領域から歴史が、すなわち神々のふるまいないし神々における人と英雄との関連が物語られるが、こうしたことすべてが歴史の終わりなき連なりを産み出す。文学の叙事詩形式はこの物語を表現するものである。

  物語りと密接に関連する語りのもう一つの使用法は〈呼びかけ〉であるように思われるが、おそらくそれはちょうど〈名づけ〉と言われるべきものであろう。というのは、(私がここで呼びかけと結びつけてこれを用いている意味では、少なくとも)明らかにこの名づけは、アダムがあらゆるものに名を与えたさいのあのアダムによる創造の占有Besitzergreifungと取り違えられてはならないからである。むしろここで問題となっている経験は、人間を神の方へ向かせる呼びかけの経験である。ホメロスは〈確かに死すべき者たちは神々を名で呼ぶが、自分が神々を正しい名で呼んでいるか内心わかっていない〉とつねづね証言している。たとえば「ゼウスもしくはお前がいつも呼ばれたいと思っているような者…」という言い方は叙事詩の呼びかけに広く見られる決り文句である。明らかにそうした呼びかけもわれわれが知っている以上のことを知っていて、われわれの理解から逃れ続けてどのみちわれわれの知るところにはならないものを可視化させるだろう。とはいえ名づけの喜びないし名前の「列挙」は、ホメロスとヘシオドスのような「物語り手」の「叙事詩的」態度における本質的契機をはっきりと表明している。

  いまや神話的・詩的伝承の「文学」への歩みは、型通りの表現に圧縮するとすれば、話しの物語りから作品への歩みとなる。もちろん作品や芸術作品の概念に問題がないわけではない。今日の先進的な美学において作品概念が排除されようとしているのはよく理解されているところである。消費者たちに鑑賞と享受との隔たりを用立ててやる作品がまさに問題となっているのでなく、むしろ一回限りの出会いの作用ないし受け取られた衝撃が問題なのだと一般には思われているようだ。しかしながら私の考えでは、作品が作品であり続けると述べるための解釈学的根拠が存在する。それはつまり、そもそも同定可能であって、われわれが「美しい」とか「密な」とか「意味深長な」などといった表現を用いるどんな形態も、そのように特徴づけられる限りすでに「エルゴン」、作品なのだということである。[これに対し]宗教的祭儀自体では、このように作品へと移行することがない。儀式、セレモニー、宗教的ふるまいの形式や定型は固定化され、そのように慣習となっているがゆえにたえず反復可能である。ここで人は判断するために距離をとることがなく、遂行に吸収される。だがおそらくモビールや楽譜ですらも(われわれが見事なものとして驚嘆する一回限りのダンスと同様に)その同一性を有し、またオルガンの即興演奏ですらも「作品」であり得る。作品はわれわれにとって「美しく」あり、また「空虚」であったり「無味乾燥」であったりもする。作品は観られたり聴かれたりするのが一度きりであるにせよ、判断される対象である。われわれにとって作品は作品の形をとるものein Werkgestaltungである。いまや私はこう言いたい、すなわちくり返される遂行から作品へのそうした移行はギリシャ文学において一歩一歩実現されるかのようであり、最終的にはテクスト、読まれる作品に変化することで完成する、と。詩的・宗教的な語りのあらゆる形式のうちでわれわれは詩的なものを宗教的なものから分離することができないが、もはや確実に祭儀ではなくなった吟遊詩人の朗唱においてであれ、コロスの唱歌やそのダンスの上演においてであれ(それらは日々の祭儀の勤めという「ノモイ」[諸々の習慣]から明らかに際立っている)、そうした形式がどのようにして作品形態にまで格上げされるのかを追跡することは可能である。われわれはみな悲劇に関して、宗教的秩序の枠組全体のうちにすっかりはめ込まれるとき、それが演劇となったことを知っている。悲劇は自らのうちで閉じた公演となり、賞の審査員がその公演について判断したのだった。テクストはすでにいたるところで自律性への道を歩んでいて、実際に書かれたものに移行したりあとはただ読まれるだけのものに移行したりしても驚かないほどである。

  しかし何かが「文学」になる場合、つまり何かが作品ないし「文学」として[それ自体による]語りにもたらされるくらい作品ないしテクストになっている場合、そこには本来何が含まれているのだろうか。じっさい何かが自律化した作品そのものであり、そこでは(筆者が語り手となるのでなく)[それ自体による]語りにもたらされねばならないが、そのことがわかるのは、読者ないし筆者自身の語りによる再現もそうだが、いかなる再現であれ偶然的なものという誤りの契機を含んでいることにおいてである。この卓越した意味でのテクストであるじっさいのテクストは、初めてもしくはもともと語られた原初の場面に戻るやり方では測られない。詩人が自分自身の作品を朗唱するのを聴くさい、じっさいのテクストはいつも困ったことを含んでいる。一体どうして詩人は件の朗唱のさいにちょうどこの声を出し、この声色になるのか。言葉をどのように現実化してみても、自分自身で声に出してみても、私の心の耳を完全に満足させることはできない(4)。このことは「テクスト」の語り手なら誰でも知っている。テクストはどんな現実化によっても完全に満され得ない同一性を獲得しているのである。

  他方、演劇問題、すなわち舞台における現実化という意味での「再現」は別の問題ではあるものの、「文学」の同一性を証明している。演劇では第二の創造のごとく、ある新しい現実への歩みが発動する。ドラマのテクストも文学的に同一の形態をとっているために「第二」の創造の基準であり続けている。たとえば役割の把握について、すなわち詩的テクストによって役割に保証された境界範囲について考えてみるとよい。これは同一性を別の同一性の上に重ねるという厄介な問題で、なお広範に取り上げられるべき問題であろう。しかし私としては、どんな語り手にも対応していないこのテクストの「語る存在」が有する同一性から、ある一般的な結論を引き出しておきたい。それは〈テクスト自体が語る存在となる〉という理想は、突き詰めると翻訳不可能性を孕んでいるというものである。

  とりわけ「文学」がたいてい書かれたものか文書によって伝承されたものを、(意味だけでなく)その言語的現出を重要視することで際立たせているのは明らかだ。文学テクストを翻訳することはそれ自体ちょうどふたたび、近似的にのみ成功可能な文学的・詩的課題となる。完全な翻訳不可能性に近づく「文学」の極端なものは、間違いなく象徴的な抒情詩、すなわち[マルラメ以来の]純粋詩poésie pureの理想である。純粋詩は言語造形の度外れた帰結を表わしており、そもそも内容の伝達はすべて[詩の]遂行の利となるよう背景に退いている。それ自身が重力の中心であるような意味や響きが互いに均衡を保っていて、語りの統一が他のどんな統語論的手段によることなく成功しているのなら(ある意味それはマルラメの理想であった)、それは語りの意味統一を危険に晒したり廃棄したりすることではない。危険や廃棄などということは私には誤解のように思われる。しかしおそらくこの「純粋」な詩という理想は、言葉が完全な意味の同一性をもって話し、意味と響きのうちで一つになっていることを示している。ここでは詩的作品が物語話しや歌といった前文学的な言語からはみ出し、「あらゆる象徴」が存在する高みにまで達しているように見える。

 

 

[3.普遍的に伝達されることを目指す宗教言語]

 

 ここでこの卓越したテクストに対し、物語られた原史が古文書となっている「聖書die Schrift」および「聖典das heilige Buch」を擁護してみたい。ここでの「古文書」はこのドイツ語がもつ完全な意味、すなわち妥当と認められる史料という意味であるべきである。明らかにこれはあらたなものだ。このとき古文書によってどんな証言が必要となるのか。西洋の伝統でわれわれが知っているどんな古代宗教も、偽りの神々という概念をもともと知らなかった。神々、それは日常的なものの「彼岸」にいる此岸の人間であり、神々の領域にいたるには詩的で「哲学的」な仕方で神々をあらたに解釈したり説明したりすることが求められた。そのさい前提となっていたのは宗教的経験の明白なリアリティである。すなわち異民族も特定の神々の優勢さを示す現実性に他ならず、たとえばよく知られているように征服された民族や侵略された都市の神々を自分たちのローマの神々に引き入れることは特別なことではなかった。これは国の智慧を語っているのではなく、むしろ普遍性に対する神々の一般的関係がそのうちに表わされている。その関係は啓示宗教の出現とともに変わってゆく。啓示宗教というこの言葉もユダヤ教キリスト教にのみ使用されるが、私としてはこの語を用いるさいイスラム教は除外する(イスラム宗教的古文書は、残念ながら私がアラビア語を解さないために論じることのできないまったく個別の問題である)。ユダヤ・キリスト両教も、歴史を物語るだけでなくまさにこれを証言する古文書を有している。選ばれた民の原史は、他宗教の神話的伝承においても生じていたような、神に近かったために充実していた原始時代の歴史を物語るだけではない。旧約聖書[その内容が]神の言葉であると主張している。それは義務となって神の掟を守ることに基づいた約束を意味する掟であり、[そこでは]神の怒りと神の誠実さが共存している。聖書が証言するのは契約への誠実さ、すなわち掟との関係と掟への服従であり、すでに紀元前二世紀にユダヤ宗教的共同体をまるで創設の古文書のように一つにまとめていたのは聖書die Schriftであった。

  ではこのイスラエルの民の原史に対し、キリスト教の原史を擁護してみよう。「あらたな紐帯」はもはやユダヤ教のような契約ではない。「掟」や「服従」に代わってここでは「ケリュグマ」「福音」「信仰」が語られねばならない。さて福音と信仰の関係を世俗的な仕方で写しとり、掟と服従の旧約的関係に対してこの関係を際立たせるなら、私は約束というあり方を指摘することになるだろう。なるほど約束もその拘束性を有している。しかし約束は、掟に服従せねばならないことを他人に義務化する掟とは別ものである。また約束は契約の履行者どうしの契約への誠実さとも別ものであって、約束はあらたな紐帯を築くものである。約束をする者は自由意志で結びつく。どんな約束もその本質上、自由に結ばれる。契約の場合のように、約束の履行は法的手段によって自明なものとして強制され得ないが、それだけではない。じっさい約束は、それが引き受けられた瞬間に初めてそもそも約束となる。このようにわれわれが約束について知るのは、あまりに約束をしすぎた者を擁護して「それは約束しない方がいい」と言う場合である。約束を引き受けることで拘束力が生じるが、それはただお返しによるのでなく、むしろまさにそれが引き受けられたことによる。私にはこのことが信仰の概念とうまい具合に世俗的な類比関係を成しているように見える。使徒の福音Botschaftは自由で開かれ続けた命令であり、それを引き受ける者にとってのみそれは福音の書die Frohe Botschaftとなる。

  神学的な資格もないままこのようなかたちで物事を説明することが許されるなら、そこから解釈学的な結論が引き出される。私の考えでは、キリスト教の福音が誰も何らかの要求をしないそうしたたぐいの自由な命令、すなわち約束であるなら、その約束は誰に対しても向けられていて、そのさい同時にこの福音を引き受けた者自身にとってはそれを他人に伝える使命が約束のうちに含まれている。「伝えるausrichten」という語はきわめて興味深い語である。福音を伝えることはそれをくり返すことではない。具体的な状況で誤った意味となるくらい福音をいわば「無意味」に、つまり関わってくるところなく字義的に伝える者は、じっさい福音を伝えることにならない。これはよく知られたオイレンシュピーゲル[*3]のモティーフである。福音を伝えることが求めるのは、それが言おうとしていることを人に理解してもらうことである。福音が今度は他人に適切に届くようふたたび語られねばならないのはそのためだ。それゆえ福音の伝達にはその理解と十分理解されるよう受け渡すことが含まれる。突き詰めて言えば、福音は「翻訳」を要求する。その限りキリスト教の福音の本質には普遍的な翻訳可能性がある。キリスト教教会の伝導使命は福音書の性質から出てきたものであり、もしじっさいに福音を伝えることがそれを理解してもらうよう他人に語ることであるなら、聖書が民族の言葉に翻訳され、けっきょく福音書があらゆる言語で伝えられていることは、じっさい理にかなった本質的な帰結である。イエスの歴史をギリシャ語で作成し、それをラテン語に翻訳し、ゴート語に翻訳する等々のことはこうした線上の出来事であり、最終的には宗教改革運動が聖書の各国語訳を拡大させたのだった。

  この事実は、キリスト教における宗教的語りと宗教的言語使用の形式すべてを規定する基盤であるように私には思える。カトリックおよびプロテスタントの領域でキリスト教による礼拝のあらゆる形式は、けっきょくのところ信仰の逆説的な福音を「伝える」一つの課題に奉仕する。何かを語らしめるという誰にとっても困難な課題はここでもっとも先鋭化する。それはここで下されているのが信じられていない福音だからである。この福音は死と不死、幸せと救済の元来の自己了解に結びついていない。むしろキリスト教の福音は、利益や報酬、罪と罰の理解に従うことなく元来の期待を打ち壊す無謀な要求である。私の見るところ、ヴィッテンベルクの学徒連合でプロテスタントの解釈学を基礎づけたフラキウス[*4]は、キリスト教の告知というこの特質のうちに解釈学の最終的な課題があるときわめて適切に示している。聖典で出くわす上記以外の数多くの異質な箇所すべてや、過ぎ去ってしまったために理解しづらい言語、文法、現実およびそういった類のものすべては、異質になってしまったテクストのよりよい理解を可能にするためにたしかに知識を要求する。しかしキリスト教が設定した解釈学本来の[解決すべき]課題は、キリスト教の福音そのもののうちに存する根本的な異質性と異質化である。福音はついに、救済と信仰がそれ自体神の恩寵として完全に理解され、利益や評価がその効力を失うところにまで達する。これは人間本性のどんな期待にも反しており、いつもこの唯一のもの、つまり信仰の無謀な要求が問題となっているために、キリスト教において出くわす宗教の語りの形式はすべて信仰を助けるものであろうとする。

  プロテスタントの礼拝においてこのことは説教の中心的な位置を表わしている。とはいえ他のあらゆるキリスト教的礼拝も教会での生活全体もけっきょくのところ信仰の手助けである。教区での生活は信仰における一致団結を意味しており、その表現は精霊の教えのうちに見出されたのだった。これに対して説教の言葉は、〈教会の信仰内容を信奉することを表明し、証人や信仰を助ける者として発言を許される個人の言葉である〉という特徴を有する。したがって説教は教会修辞法の最高点であり、説教においてある者が多数に語りかけ彼らに聖なる福音を伝達しようと試みるのである。

 

 

[4.芸術における象徴と宗教における記号(しるし)]

 

われわれは〈詩的な語りと宗教的な語りはキリスト教の伝統においては二つの異なる種類のテクストである〉という帰結を引き出す。この帰結は、詩によって宗教的な内実が伝達可能になるとか、逆に一部の宗教テクストが他の宗教テクストよりも抜きん出ている詩的・文学的側面をも有しているとかいったことを結論づけているのではない。この帰結から導き出される最終的な課題は、詩と宗教両方の相互干渉を理解することである。この目的のために私は、芸術理論においても宗教の現象学においても中心的である象徴的なものという概念を〈記号(しるし)Zeichen〉という反対概念によって補完し、記号(しるし)にあらたな尊厳を認めてやろうと思う。

  象徴は、それに基づいて何かが認識・再認識される仕方で定義される(5)。この定義は象徴という語の根源的な意味に対応しており、それは古代の旅の仕方において広く知られた機能をもっていた[*5]。似たような意味でわれわれは明らかに宗教的な象徴についても問題にできる。教区はそのシンボルを承認することで認識され表明される。古典的なドイツ美学が、もともとキリスト教的プラトニズムに端を発し後に近世の宗派論争において広く知れ渡った象徴の概念を普遍的なものとしてあらたに拡大させたさい、ドイツ美学は「象徴」という語の根源的な意味から、それが何か認識・再認識させるものであることを導き出している。教会の空間において再認識されるものは信仰内実の共通性であったのに対し、いまや芸術作品が有する象徴の力は、代理を通じて共通なものに立ち戻る仕方でなく、それ自身の表現力を通じて何かを共通なものとして意識させる仕方で定義される[*6]。「それはお前だ」という経験は、悲劇における挫折という最高度に恐るべき表現からうっすら漂う意味ありげな表現にいたるまで、またオイデプス王との出会いからたとえば無言のうちに抱卵するモンドリアンの絵画のうちの一枚にいたるまでさまざまあるだろうが、そこに共通するのは再認識である(6)。芸術作品は疑いなく再認識のようなものを準備しており、その再認識はわれわれにあらためて懐かしさを感じさせながら、けっして最後まで解決されない課題として人間に提起される。

  これに対し福音の告知とメシアの待望はなんと異なっていることか。受肉の生起や復活の知らせにおいて、「それはお前だ」の意味での再認識は何を意味するのか。もちろんそれは、再認識自体が悲劇の悲哀においてさらに恐れと苦悩からの浄化をもたらすように、この世の人[人間イエス]が懐かしく感じられるというさらなる歩みを意味しているのではあるまい。この「それはお前だ」[という再認識]において出会われるのは生と世界の可能性の限りなき豊かさではなく、まさに〈この人を見よEcce homo〉というその極端な貧しさである。[ここでは]「それはお前だ」という言葉に、苦悩と死に対し寄る辺なく晒されている者というまったく別の調子を与えねばならない。復活の知らせは、死の苦しみを果てしなく拒否してゆくことで明確に福音となるはずである。

  詩・宗教の両経験において象徴の構造は再認識するものとして同じものであるように見える。とはいえ再認識が両経験において依拠している見知りの様式は根本的に異なっている。じっさいこの区別はキリスト教の福音の要求するところであり、〈イエスによって代理された苦悩と死を福音が救済の行為として告知することでキリスト教の福音のみが本当に死を克服した〉という限定性がこの区別によって福音に与えられる。この限定性要求によって、古代の宗教文化が死を拒否する唯一の偉大な仕方として特徴づけた死者信仰の崇高な荘厳さや祝祭の晴れやかさが引き立ってくる。このことがノヴァーリスの『夜の賛歌』においていかに彼の歴史哲学的なビジョンの出発点となったかについて想起してみるがいい。

  「それはお前だ」という言葉における[詩の場合と宗教の場合という]こうした二重の意味とその区別は記号(しるし)の概念の助けによって分節化される。自明なことだが、いまこの文脈ではいわゆる記号使用が完全に度外視され、またわれわれが意味論とか記号論とかいつもの呼び名で呼ぶそうした記号使用の芸術や学問全体も度外視されなければならない。ここでの記号(しるし)とは宗教的な意味で考えられている。なんらかの記号(しるし)がある者に与えられるという期待を抱きながら聖書の宗教的な語りが読まれるのは、聖書を読むさいの敬虔主義の伝統においてだけとは私には思えない。むしろルターが「私のためpro me」という定式で捉えてみせたものは、キリスト教の福音を受容するさいの一般的要求であるように私には思える。ここには象徴のまわりに寄せ集めらるたたんなる共通性よりも重要なものがある。そうした共通性は象徴から生じるだろうし、たしかにあらゆる祭儀の要素であって、どんな宗教のうちにも存在する。しかし記号(しるし)はそれをそれとして受け入れることのできる者にのみ与えられるものである。

  ある友人がかつて私に、たしかに牧師なら誰に対してもおべっかを使うわけではないが、どこか慰めとなる話を物語ってみせた。自己流を貫いて質素でありまた信心深く、活版印刷工として他国にも名の知られた男がある日、私の友人とともにプロテスタントの礼拝に出席した。彼らが教会から出てくると、別の男がその男に「牧師さんはまたひどくつまらぬおしゃべりをしましたかい?」と話し掛けてきた(「おしゃべりをするLabern」という語は下らぬことに対する不名誉な表現である)。そこでその別の男は「ああそうだったかもしれませんね。私はまったく気づきませんでしたが」と驚くべき返事をもらったのだった。明らかに男は説教に、すなわち福音が彼に話すはずであったことに耳を傾けていたのだった。福音はこのように彼に対してだけ届いていたのであり、福音はこのような仕方でのみその本来あるところのものであったのだ。この話は、私が「記号(しるし)」ということで言おうとすることを説明している。すなわち記号(しるし)によって私が言おうとしているのは、引き合いに出せるものではなく、かといって万人が見たことのあるものでもなく、またもしそれが記号(しるし)として受け取られるなら、その人自身争いようのないほど確信しているたぐいのものについてである。この文脈をうまく言い表したヘラクレイトス箴言がある。「デルフォイの神はあらわに語ったり隠したりするのでなく、しるしてみせるzeigenのだ」(Fr.93)。ここでは「記号(しるし)」が何であるのかがが理解されなければならない。記号(しるし)は「視覚」の代理物などではなく、しるされたものがその向こうを見る者自身に対してのみ接近可能であることによって、あらゆる表現とそれらの拒絶(沈黙)から区別される。

  このように記号(しるし)の概念を導入せずに、詩的な語りと宗教的な語りとの正しい区別をじっさいに説明することはできないと私には思われるし、いずれにしてもこの区別がキリスト教の歴史においていかに形成され、象徴概念が宗教的に使用される以外のところへの拡大されるなかでその区別の表われがいかに見出されるかを説明することはできまい。芸術は古代の慣習において宗教的な話題や真理を当然のごとく担い継いでいたが、よく知られている通り、その芸術が承認されたということはキリスト教的秩序の全体のうちである非常に重大な問題を意味する。とりわけ造形芸術は、キリスト教の教会史のうちに入り込んでいるユダヤ的遺産によってすでに問題を孕んだ要件となっていた。けっきょくキリスト教は形象を、つまり造形芸術を認める決定を下したが、それは文書による告知の優位と共に信仰を助けるという原則を明白に前面に出だす理由づけによってなされた。造形芸術は「貧者の聖書Biblia pauperum[7*]として用いられた、すなわち聖書テクストを読み理解できる者たちのための文書として用いられた。同様に音楽もキリスト教の祭儀においてある重要な役割を果たした、すなわちミサの聖歌やそれよりももっと芸術的な形態においてであれ、プロテスタント的礼拝のいつもやや間延びした教区歌の無邪気な形式においてであれ、音楽は教区の表明や告白として祭儀そのものの一部としてその役割を果たした。詩と詩の特質をもつものもまた、宗教的な言葉の連関のうちで出会うことができる。ヘブライの韻文は宗教的伝承の言葉と非常に強く混ざりあっているために、両者の緊張など感じられないほどであるが、われわれはそうしたヘブライの韻文を高い地位に驚嘆する。しかしけっきょく新約聖書の原初的な史料に特有の物語り様式に対しても、物語る芸術がそうした史料のうちに入り込んでいることを認めねばなるまい。物語る芸術は多くの旧約的なテクストが有する高い地位と競合するだろうが、たとえばマルコにおける多くの譬え話のように、そこにも心に迫る濃密な物語りの箇所が存在する。[しかし]だからといって、聖書とのつながりでいえばそれらの箇所が文学でも自律したテクストでもないことは揺るがない。このように物語られた福音は福音として受け取られるだろう。しかしその受容は再認識という象徴の形式として出なく、私に対して示される記号(しるし)として行われるだろう。

  しかしながら、芸術と宗教とをじっさい芸術の語りと宗教の語りからのみ対立させることや、またそもそも芸術がある者に対して語ることにいっさい真理要求を認めないことは私には無意味に思える。芸術のどんな語りにもなにかが告げ知らされ、認識され、再認識されている。そうした再認識に結びついているものは狼狽させるところも常にあって、それはそのようなことが起こったのかとか人間にそのようなことがなし得たのかといった驚嘆でありほとんど驚愕である。しかしながら、キリスト教の福音の要求はそうした再認識を超えている。福音の要求は芸術の再認識とは逆の方向を示している。福音は人間にはけっしてなし得ないことを示し、まさにそこから自らの要求とその徹底した提案を獲得する。〈この福音はあらゆる期待や希望に反して受け入れられるべきである〉ということが福音の書の特質として理解されるなら、キリスト教から起こった啓蒙主義の徹底さも理解されよう。[この啓蒙主義によって] 宗教一般は人類史上初めて余計なものとして説明され、欺瞞ないし自己欺瞞として告発されるのである。

 



(1)これに関しては本巻に収録された第25論文「〈卓越した〉テクストとその真理」を見よ。

[*1]古代ギリシャの吟遊詩人が叙事詩の朗唱に先立って吟唱した賛歌。

(2)『真理と方法』S.122ff [翻訳『真理と方法』第1巻、轡田収 訳、法政大学出版局 1986年、170頁以下].

[*2]たとえば「主よ、正しい訴えを聞き、わたしの叫びに耳を傾け、祈りに耳を向けてください」のように、同じ内容を表現を変えてくり返す古代の修辞技法

(3)これに関しては本巻収録の第15論文「神話論と啓示宗教」を参照せよ。

(4)詳細に関しては本巻収録の第22論文「声と言葉」および第23論文「聴くこと、見ること、読むこと」。

[*3] 14世紀ドイツに実在したとされるいたずら好きの奇人。とんちによって親方や政治権力者、教会関係者などをやり込める彼の逸話が遍歴職人などによって語り継がれ、ヨーロッパ各地に広く伝播していった。

[*4]マティアス・フラキウス・イリリクス[1520-1575]。スラブ系のルター派神学者言語学歴史学でその才能を発揮した。

(5)象徴の概念に関しては『真理と方法』S.76ff.[翻訳100頁以下]と本巻収録の第10論文「美のアクチュアリティ」を見よ。

[*5]Symbolは「一つにあわせる」を意味するギリシア語の動詞symballôに由来し、その名詞形であるsymbolonの代表的な意味は「割り符」である。この名詞にはもう一つ重要な意味がある。それはキリスト教の用語としての「信仰告白」である。この場合には、信仰心を「一つに合わせる」ことが意味されている」(佐々木健一『美学辞典』「象徴」139頁)。

[*6]『真理と方法』第一部には次のような説明がある。「象徴概念のなかには象徴と象徴されるものとの内的統一が含意されているからこそ、この概念は普遍的な美学の基本概念へと高めることができたのである。象徴は、感覚的な現象と超感覚的な意味との合一であり、この合一はギリシア語の象徴(シンボロン)の本来の意味や、この語がその後キリスト教の諸宗派で術語として用い続けられたことからもわかるように、なにかの記号(しるし)とは違って、後から付け加えられるものではなく、初めからそこに含まれているものの統合である」(翻訳110)

(6)『真理と方法』S.119ff.[翻訳164頁以下]を参照。[「だが、再認識なるものがそのもっとも深い本質からしてどういうものであるのかを本当に理解するためには、すでに知っていることがらをいまいちど新たに認識するということだけに着目していたのでは駄目である。再認識の喜びというのはむしろ、既知のものの再認識という以上に、それを上回るものが認識されることにある。再認識においては、われわれがすでに知っていることがらが、いわば目が開かれたように、いままでそれを規定していた諸条件のもついっさいの偶然性や可変性を脱して浮かび上がって来る。それがあるなにものかとして認識されるのである」(翻訳165)]

[7*] 13世紀中頃に成立したイエス誕生物語の版画集。中世ヨーロッパにおいて聖書の視覚的イメージの共有に大きな役割を果たした。