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un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

アルブレヒト・ヴェルマー『勝負の終わり 宥和せざるモデルネ』(1993)目次と序言

Albrecht Wellmer, Endspiele: Die unversöhnliche Moderne. Essays und Vorträge. Frankfurt a.M. 1993. ヴェルマーによるのアドルノ論をメインに収録した論文集。90年代後半からは英米系の言語哲学に関する研究に関心を移している。

 そういえば80年代の『現代思想』誌上の某対談で、今村仁司に「ドイツでハーバーマス以外にめぼしい思想家いる?」と聞かれたさい、三島憲一が「アドルノ直系のA・ヴェルマーってのがいる。その他ならヤウス」と答えていたのを思い出す。2013年にようやくヴェルマーの『倫理と対話』(1986年)が翻訳されたけど、遅すぎる感は否めない。いまではコンスタンツ大学時代の彼の弟子筋にあたるCh・メンケやM・ゼール、さらに孫弟子のA・ケルンやR・ゾンデレッガーが主に美学や倫理学で活躍してるので、そっちを紹介する方がいい。

 

 

 『勝負の終わり 宥和せざるモデルネ』

 

 

目次

             第一部 否定的でコミュニケーション的な自由

  1. モデルネの世界における自由のモデル(1989)

2.民主主義的文化の諸条件。「リバタリアン」と「コミュニタリアン」との論争のために(1992)

3.「現実の社会主義」の終焉はマルクス主義的ヒューマニズムの終焉を意味するか?12のテーゼ(1990)

4.自然法と実践理性。カント、ヘーゲルマルクスにおける問題のアポリア的展開のために(1978)

                 第二部 ポスト形而上学の視座

5.真理、偶然、モデルネ(1991)

6.アドルノとモデルネと崇高なもの(1991)

7.瓦解直後の形而上学(1988)

8.今日のフランクフルト学派の意義。5つのテーゼ(1986)

                   第三部 時代ーイメージ

9.ルードウィッヒ・ウィトゲンシュタインーーその哲学受容の難点とアドルノ哲学に対する位置(1991)

10.苦悩し生成する神という神話。ハンス・ヨナスへの問い(1992)

11.建築とテリトリー(1988)

12.テロリズムと社会批判(1979)

                         付録

13.判断力についてのハンナ・アーレント:記しえぬ理性の原理(1985)

 

 

序言

   本書に収録された諸論文はここ15年のうちに出されたもので、その共通のテーマはポスト形而上学的なモデルネの理念である。マルクス主義の伝統における歴史的ユートピアは、カントの伝統における究極の根拠づけのプログラムと同様、形而上学内部での詰み手(Endspiele)であり、このユートピアと究極の根拠づけのプログラムを破壊することは形而上学巻き込んだ詰み手である。このように歴史の、認識の、人間的生の究極的なテロスとしての終わりをもったゲームこそ形而上学であるベケットはそんな結末となるゲームの終焉をまさにゲームとして、〈勝負の終わり〉として演出して見せたのであった。本書のタイトルが複数になっているのは、さきに言われた形而上学とゲームとの連想という複数性からだけではなく、哲学によって行われるこの形而上学を伴った〈勝負の終わり〉が複数でのみ考えられ得るという事実からでもある。そもそも最初から見通しのきく結末など存在しない。イロニッシュで論争的な表題の構成についても明らかにしておこう。それは、モデルネの終焉と共にあるゲームと関係しており、このゲームはつい最近まで好調であった。ここで当然ながら「ゲーム」ということばのよくない含意が出てくる。モデルネが技術的・経済的に情け容赦ないために、この終わりのあるゲームはいともたやすく遊びごとに成り下ってしまった。これと逆なのがその道徳・政治的な実体なのだが、その自由主義的な民主主義的な伝統はあまりに脆弱で、終わりつつあるゲームが白熱のゲームとなっている。野蛮への後退としてのモデルネの挫折は一つの現実的な可能性である。副題の「宥和せざる」という語は、アドルノへの批判と同時に彼との同質性を含んでいる。アドルノの著作には、さきに述べた〈勝負の終わり〉の三つの方法が極めて複雑な布置の下に、それぞれ際立って争いながら共存している。いつも私を刺激してきたのは〈アドルノのテクストにおける弁証的に精緻な表現の意図を、しばしばここでそれを引き裂いてしまうという代価を払ってでも、その布置の生産的な複雑さを単純化しないようにする〉ということである。本書の第5678論文は、何らかの形でそうした関連のうちにある。

  第一部で〈否定的、コミュニケーション的自由〉という見出しの下にまとめられた論文は、政治哲学の次元においていわば『倫理と対話』(1986)での私の道徳哲学に対する注解の相関物をなしている。「モデルネの世界における自由のモデル」(1989)での私の試みは、自由主義的な根本権利とモデルネの民主主義との間の内的連関と同時に、「否定的」自由と「コミュニケーション的」自由との間の緊張関係を指摘することである。この1989年に書いた論考は、とりわけ、ハーバーマスの『事実性と妥当』の公刊によって見た目だけは片づいてしまったかに思える彼のやや古い立場と対立している。残念ながらここでは、私の反論を用済みにしてしまわない観点を詳述することはできない(それはとりわけハーバーマスが「ディスクルスの原理」の体系的力を信用することに関係している。私は最初の二論文の二つの注でこれを示唆しておいた)。「民主主義的文化の条件」(1992)は、別の問題設定の下ではあるが比較的古い論文のモティーフを再び取り上げている。そのなかで目新しいのは、人権と市民権の間の内的連関から生じる規範的な帰結を指摘する試みである。「〈現実の社会主義〉の終焉はマルクスヒューマニズムの終焉をも意味するか」(1990)という表題に対する12のテーゼで私は、いくぶん直接的に同時代的・政治的含意を持ってこれまで書いてきた論文の根本モティーフをマルクスヒューマニズムの批判へと移し変えた。上で挙げた三つの論文と関連してすでに1978年に出した論文「自然法と実践理性」はむしろ下準備であり、今ではもう私はその前提から距離を置いている。私がこの論文を取り上げたのは、この論文の批判的な結果と一連の詳細な分析をまだ私の今後の背景として通用させたかったからである。

  第二部の「形而上学以降の視点」は、さきに述べた三つの論文(678論文)を含んでおり、そこで私は批判的かつ構築的にアドルノの根本モティーフと対決しようと試みている。アドルノ、モデルネと崇高なもの」(1991)で示したのは、「瓦解直後の形而上学(1988)において『否定弁証法』よりもむしろ『美の理論』が中心にきているということである。「今日のフランクフルト学派の意義」(1986)というテーマに対するテーゼにおいて、私はアドルノの分析がもつ「合理性理論的」ポテンシャルへの推測を定式化した。私はこうしたアドルノによる分析を他の論文ではただ散発的、間接的にしか取り扱ってこなかったが、別のところでこの分析にもどって考えてみたいと思っていたのである。第二部の第一論文「真理、偶然、モデルネ」(1991)はもっぱら、一方ではローティによる、他方ではアーペルやハーバーマスによる相互批判を試みている。そこで問題となるのは、ポスト形而上学的な真理理解と究極的な基盤を欠いた自由主義的文化の基盤である。

  第三部の時代イメージには時事問題への寄稿論文が置かれ、時事的性格が明確に見受けられる。この時事問題は主題としてそれぞれ異質で多様であるが、全体としては第一部と第二部の論文の根本問題である。付録として、比較的古く、英語で書かれてこれまで翻訳されてこなかったハンナ・アーレントに関する論文を取り上げた。それはこの論文がその主題からして本書に掲載された諸論文(とりわけ第125論文)に属しているからだが、他方で自分の中では理解していたつもりのハンナ・アーレントの政治哲学の偉大な意義を、私はこれまでの論文で相応しく評価してこなかったからでもある。こうした理由から私は、ここでアーレントに少なくとも批判的なであるような論考を捧げようと思った。そして最後に、私は極めて個人的な動機を持っている。ユダヤ人移民の世代の中から三人の、かつての師や同僚のうち(アドルノは私の師の一人であり、ハンス・ヨナスやハンナ・アーレントは短い間ではあったがニューヨークのニュー・スクール[New School for Social Research のこと。第二次大戦期、亡命したユダヤ系研究者を多く受け入れた]での古い同僚であった)、私はその人格から直接にわかる知的で、道徳的・政治的な容貌に関してハンナ・アーレントを幾度となく賛美してきた。それだからこそ私はアドルノと広範に関係し、少なくとも小論でヨナスと関係している本書で彼女を取り上げない訳にはいかなかったのだ。

  言語哲学に関する論文は本書では取り上げなかった。言語哲学は近い将来、一つか二つの新しい論文と一緒により大きな論文集で公刊する予定である。

  イーナ・グンベルには特別な感謝の意を表する。彼女は忍耐強くテクストを書き改め信頼のおけるものにしてくれただけでなく、批判的な文句にも平静を保ってくれた。