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un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ポール・リクール「ハイデガーと主体の問い」(1968)

 [以下は Paul Ricœur,  «Heidegger et la question du sujet» (dans: Le conflit des interprétations. Essays d’herméneutique, Paris:Seuil 1969.) の試訳

 

  本稿での私の意図は、コギトの優位性を否定する際にその根底に置かれる主体―客体に関する有名な批判の射程を理解することである。私は「射程」という語を強調するのだが、それは、この優位性の否定が自我ないし自己の観念の単なる拒否以上のものを含んでいることを示したいからである。その際、あたかもそうした観念は何らかの意味を欠いていて、またあたかもそれらはデカルト的コギトによって生じた諸々の哲学を支配している基本的な誤認によって不可避的に影響を被っていたかのようだ。そうした一方で、ハイデガーによって展開された存在論の類は、私が「私は存在する」の解釈学と呼ぶことになるものの根拠を与えてくれており、この解釈学は単なる認識論的原則として把握されるコギトを拒絶すると同時に、コギトを基礎づけるものとして不可避的に語られざるを得ない存在の基礎を指示するのである。コギトと「私は存在する」のこの解釈学との複雑な関係を理解しようとするに当たって、私は一方でこのコギトの問題を哲学史の解体と結びつけ、他方でこの問題を、コギトの内に存在していたがデカルトの定式化の中で忘却されてしまった存在論的な目的の言い直しと挽回と結びつけることになるだろう。

  この一般テーゼが提起しているのは、以下のような破壊の順序である。第一に、ハイデガー存在と時間』の序文を導きとして、私は存在の問いとそれを探求しまさに問うてゆく中での現存在の出現との根源的なつながりを指摘することになるだろう。この根源的なつながりは、第一真理としてのコギトを破壊することと、そのコギトが「私は存在する」として存在論的水準で再宣言することとの両方を可能ならしめるのである。

  第二に、『杣道』に移行することで、とりわけ同収録の試論「世界像の時代」に移行することで、私は、コギトの批判がコギトそのものの批判よりはむしろその基底にある形而上学の批判であることを示すべくその主たる批判を展開することになるだろう。それはつまり、コギトの批判が「表象Vorstellung」として実存する者という発想に主に向けられるということである。

  第三に、ハイデガー的な意味での破壊である諸問題を経巡った後に、私は「私は存在する」の積極的な解釈学を探求したい。この解釈学はコギトを置き換えたいのだが、それはこの置き換えるという語の二重の意味(置き換える/元に戻す)においてなされる。この三番目の分析はその基礎として、『存在と時間』の第9節、第12節、第25節を取り上げ、自己に関してそこで語られていることを取り上げるだろう。

  この地点で反論されるとすればそれは、コギトに関するそうした分析がハイデガー[初期ハイデガー、後期ハイデガーハイデガーIIと表記]に依拠するだけで正当化できるものなのか、またわれわれは転回ないし逆転であるケーレ進むことはできないのではないか、という反論であろう。それゆえ、このケーレはコギトとの先ほどのような複雑な関係に終止符を打つのではないかと反論され得もしよう。そうした訳で、第四点として私が示すことになるのは、存在と現存在との間の循環的な暗示関係、ないし存在と自己との間の循環的な暗示関係(この関係についてわれわれは『存在と時間』の序文において読んだ)が後期ハイデガーの哲学を支配し続けているということである。しかしながら今回、そのように指摘するのは言語哲学の水準においてであって、もはや現存在の分析論の水準においてではない。存在を言葉にすることは同じ問題系を反復している。すなわち、存在そのものの隠れなさのうちで、またそうした隠れなさを通じて「私が存在する」ところの存在の生起という問題系を反復するのである。私が詳細に展開したいと思っていた第二の証明ないし反証テストの類は、手短な素描にすぎなくなるだろう。全問題はハイデガーの言語哲学の領域のうちへと流れ込む。それはいわば、自己としての現存在の生起と、発話ないしパロールとしての言語の生起とが一つの同じ問題であるということである。

 

 

  私は自分の出発点として、また導きとして、自分が存在の問いとその探求者としての現存在の出現との間の根源的なつながりと呼ぶものを取り上げるつもりである。

  皆が『存在と時間』がどう始まるのか知っている。「この[存在の]問いは今日忘却されている」。明らかにハイデガーによる最初の一文は、第一真理としてのコギトで始まる哲学から、コギトのうちで忘却されている問いとしての存在の問いで始まる哲学への強調点の移動を含意している。いまや重要な事柄は、存在の問題が「問い」という概念(この概念のうちでわれわれは自己への指示を発見することになるだろう)の扱いにおいてまさに問いとして起こってくるということである。存在の問題が問いとして起こり、忘却されてきたものが存在のみならず存在の問いでもあるということは一体何を意味しているのだろうか。忘却性は問いと関わっているが、ここでは単に教育的な予防措置がとられているのではない。問うこととしての問いのうちには、われわれの問題に関し明確に暗示するところがある構造が存在する。これらの暗示は二種類ある。

  第一に、その構造はコギトの自己措定ないし自己断言の優位性を否定している。このことは、問うこととしての問いがコギトにおいては存在しない一定度の不確実性と懐疑を含んでいるかもしれないという意味で受け取られるべきではない。こうしたコギトと問うこととの対立は、いまだ認識論的な対立である。デカルト的コギトに対する反論の正確なところは、このコギトが確信の旧式モデルで始まり、確信の鏡として提起されてきた認識論的基盤に自ら自身を位置づけることであろう。したがって問うことの構造は、その認識論的程度によって定義されるのではないし、いわば、われわれが問いを提起するのはわれわれが確かでないからだという事実によって定義されるのでもない。そうではないのだ。問うことにおいて重要なのは、その問いが問われているものによって、すなわち問いがそれについて求めているところのものによって支配されているということである。「どのような探求も何かを求めている。求めることはすべて、あらかじめ求められるものによって導かれている。…何かについて探求することとしてのどんな探求も、問い求められているものBefragtesをもっている」。これが、コギトの批判における否定的なアスペクトとして展開されることになる最初の暗示である。

  しかし同時にわれわれは、真正な自我が問うことそれ自体によって構成されるという意味で自我のあらたな哲学の可能性を発見する。「真正な自我」ということで、われわれはある種の認識論的な主観性ではなく、探求する者をシンプルに理解する必要がある。存在の問いと存在の意味の問いが哲学によって復興されねばならない忘却された中心となって以来、この自我はもはや中心的なものではない。このように自我の位置には、問うこととしての問いの忘却性のみならず、探求者としての自我の誕生の両方が存在している。本研究の実際の対象はこの[問いの忘却性と探求者の生起という]二重関係である。

  問いに含まれているものとしてのこの自我は、自我それ自体の確実性として措定されるのではない。つまり、それ自体存在者(この存在者に対して存在の問いが存在している)として存在するものとして措呈されるのである。『存在と時間』における現存在への最初の参照を考察してみよう。

    「眺めやること、了解して概念的に補足すること、選択すること、通路をたどって近づくことは、問うことの構成的な諸態度であり、したがってある特定の存在者の諸存在様態ですらあるのだが、この特定の存在者とは、問う者であるわれわれがそのつど自らそれであるところの、まさにその存在者に他ならない」(SZ, 7)

 このように、私が探求において暗示されるのは、直接的に「私は存在する」ような者としてであり、「私は考える」ような者としてである。かくして存在の問いを十分に仕上げるに当たって、われわれは存在者ein Seiendesを前提しなければならない。

    「存在問題を問うことは、ある存在者自身の存在様態として、この問うことにおいて問い尋ねられている当のものの方から――すなわち存在によって本質上規定されている。われわれ自身こそそのつどの存在者であり、またこの存在者は問うことの存在可能性をとりわけもっているのだが、われわれはこうした存在者を術語的に現存在と表現する」(ibid)

  かくして、現存在の問いが存在の問いの中で何らかの優位性をもつようになると、コギトへの対立関係はより微妙なものとなる。しかし、これまで数々の誤解へと導いてきたそうした存在者の優位性、とりわけ『存在と時間』の人間学的諸解釈へと導いてきたこの優位性は単なる存在的な優位性にすぎず、またそのようなものに留まるものであり、存在の問いという存在論的優位性のうちに適合されているか組み入れられている。またこの[存在と存在者との]関係は自我のあらたな哲学の始原である。現存在が「存在論的であるという点で存在的に際立っている」(SZ, 12) もしくはもっとわかりやすい表現では「存在を了解することそれ自体は、現存在の存在の際立った性格である」(ibid)という周知の定式化についてはみなが知っている。それゆえわれわれは、悪しき循環ではないようなある種の循環関係へと導かれる。ハイデガーはこうした異常な状況を以下のような表現で征服しようと試みている。

    「〈循環論証〉というものは存在の意味への問いのうちには潜んでいないが、しかしある存在者の存在様態としての問うことに、問われているものの(存在)が〈逆行的もしくは先行的に関係づけられている〉という注目すべきことなら確かにある」(SZ, 8)

 ここに主体の誕生がある。存在の意味の問いは、可能な自我の存在様態としての探求そのもののうちで逆行的にも先行的にも揺れ動いている。私はこの[主体の誕生と存在の意味との]関係を、以下の本議論の導きの線としようと思う。この関係に含まれるのはコギトの哲学の論難だけでない。まさにデカルトにとっての問題は究極的に「私は存在する」であって「私は考える」ではなかったのだから、コギトの哲学独自の存在論的水準でなされるその言い直しもがこの関係に含まれているのである。このことが明証化されるのは、自我の実在から神の実在や世界の実在へと進んでゆく一連の命題によってである。

 

 

II

  コギトの論難は、ハイデガーが『存在と時間』の序論で模索したように(彼自身の表現を用いれば)存在論の歴史の解体の一部をなしている。デカルトに関する有名な節(第6節)で、「われ在り」という断言がある本質的な省略、すなわち現存在の存在論の省略から生じていることをわれわれは読む。「デカルト[「われ在り」という]この徹底的な方法で始めるとき、未規定のままに残していたのは、思考する者、より正確には「在り」の存在の意味に属する存在の種類であった」(SZ, 24)。この存在は、「私は存在する」の存在を意味している。では一体省略とはどういうことか。もしくは、どのような積極的な決断によって、デカルトはこの存在者が有している存在の意味を問うことから遠ざかったのか。『存在と時間』は部分的にのみそれに答えている。すなわち、この存在者の存在の意味の問題を無効にしたのは、「コギトの絶対的確実性」だというのである。かくしていまや問いは、〈コギトの確実性の探索はどのような意味で存在の忘却性に属するのか〉となる。

  この問いは1938年来のテクストである「世界像の時代」で練り上げられている。ここでわれわれは、コギトが素朴な断言ではないことを学ぶ。すなわち、コギトは形而上学の時代に属しており、この時代にとって真理は存在するものの真理であり、そのようなものとして存在の忘却性をなしている。では、どのようにして、またいかなる意味においてコギトは形而上学の時代に属しているのだろうか。[ハイデガー]議論の組み立ては非常に濃密で、綿密にたどられねばならない。コギトが出現する哲学的地盤はとりわけて科学の地盤であるが、より一般的にいって、その地盤は存在するものが「説明的表象」の自由になるようになっている理解の様態である。第一の前提は、〈われわれは探求という意味での科学の問題を提起していて、その探求は存在するものの客観化を含み、当の存在するものをわれわれの前に置くvor-Stellung〉というものである。それゆえ、恐らく計算する人間は当の存在するものについて確実になり、確実性を得る。確証の問題と表象の問題が一致する地点にこそ、コギトは出現する。デカルト形而上学において、存在するものは表象の客観性として、真理は表象の確実性として初めて定義された。客体のこの確実であるということが主体の措定の反対物であるという意味で、客観性によって主観性が登場する。かくしてわれわれは、主体を措定することと表象を自分の前に措定することとの両方を行う。これが像Bildとしての世界の時代である。

  このあらたな動きをもっと詳細に理解してゆこう。われわれは「主体」を導入したが、それは「私」という意味でではなく、基体という意味での「主体」である。ラテン語subjectumは第一に「自我」を意味するのではなく、ギリシャ語の「下に置かれたもの」、ラテン語の「基底」という意味によるなら、〈基盤となるためにそれ自体の下へあらゆるものを寄せ集めるもの〉である。このsubjectumはまだ人ではなく、まったく「私」でもない。デカルトと共に起こったのは、人が第一のsubjectum、現実のsubjectumとなり、第一の根拠、現実の根拠となったことである。根拠としてのsubjectumと「私」としてのsubjectumという二つの観念には、ある種の共謀と同一化がある。私自身としての主体は、存在するものが関係づけられる中心となる。しかしこれが可能となるのは、世界が像Bildとなっているからというただその理由においてのみである。世界はわれわれの眼前にある。「世界が像となっているところでは、存在するもの全体は、人間がそれの準備をするもの、それゆえに人間がこれに応じて自らの直前にもたらし、自らの直前に所有し、したがってある決定的な意味で自らの直前に立てようと欲するものとして見積もられている」(Hw, 89)。存在するものの表象的性格は、主体としての人間が出現する際の相関項である。

  いまや存在するものは、客観的なものとして、もしくは規定されたものとして人間の前にもたらされる。この分析によればコギトは、無時間的な真理ではなく時代に属するものであり、ある一時代に属しているというだけでなく、世界が像に作り変えられる最初の時代にも属している。そうであるがゆえに、人が世界に「向きあって」いなかった頃のギリシャ人にとってコギトは存在しなかったのである。ギリシャ人にとって、存在するものによって向き合わされ、「自己暴露によって自らの現実存在へと集められる」のはむしろ人間の方である。ハイデガーは、ギリシャ人にとって人間はいまだ存在していなかったとは述べていない。逆にこの古代人は自らの本質を充たすに当たって、「自ら暴露することで自己暴露をまとめ上げlegeinそれを救いsozein、これを拾い上げて保存し、自らを分裂させるあらゆる混乱にさらされたままaletheueinでなければならない」(Hw, 91)

  この主題についてはあとで戻ることになるので保留しておこう。この主題は、自己の哲学の連続性という観点から初期ハイデガーと後期ハイデガーとのつながりの鍵をわれわれに与えてくれるだろう。われわれとしては単純に、〈コギトは絶対的なものではない〉とだけ述べておこう。すなわち、コギトは表象としての「世界」の時代、像としての「世界」の時代に属しているのである。それゆえ、人はこのような像としてのしつらえのうちに自ら自身を置き、存在するものが永遠に自分自身を表象[再―現前化]し、自分自身を現前化させる、すなわち像という見え方になるしつらえとしてその人自身を措定する。存在するもの全体をテクノロジーにおいて支配せんとする要求は、人が彼独自の表象という段階で登場するようになる、恐るべき結果にすぎない。[ハイデガーによる]この分析が有する力は、分析自体が立論としてのコギトの段階に留まっていないところである。われわれは「われ思う、ゆえにわれ在り」の「ゆえに」議論しているのではないのだ。この分析は基底を掘り返す。すなわち、この分析が暴露するのはわれわれの文化の基底にある出来事であり、もっと言えば存在者全体に影響を及ぼす性起Ereignisである。もしわれわれがヒューマニズムということで「存在するもの全体を人間から、また人間へ向けて説明し価値づけする人間のあの哲学的な解釈」(Hw, 93)ということを示すなら、ここにヒューマニズムが誕生する。

  いまやわれわれは、いかなる意味でコギトが形而上学的伝統に属するのかを理解する。像や見方として解釈された主体―客体関係は、現存在が存在に属していることの痕跡を消し去ってしまい、隠蔽してしまう。この関係は、存在論的に暗示されるこの帰属関係という非秘匿性としての真理の過程を隠蔽してしまうのである。しかし、ハイデガーによるこの批判は現存在の分析論とコギトの伝統との間にある可能な関係をすべて言い尽くしているだろうか。少なくとも簡単にではあるが私がいま示したいのは、〈コギトが属する時代の破壊によってコギトをこのように破壊することが、自我の問いを正当に取り戻すための条件である〉ということである。

 
 
 

III

  自我の問い、自己の問いが先の批判によって排除されていないということは、われわれの出発点に戻ることによって確かめられるだろう。現存在は自分自身を参照する。現存在は自己という性格を有している。もちろん現存在はこうした自己参照としては定義づけられず、むしろ存在

 の問いと関係づけられることで定義される。しかし現存在に自己参照を与えるのは、問うこととしての問いである。「われわれ自身こそそのつどの存在者であり、またこの存在者は問うことの存在可能性をとりわけもっているのだが、われわれはこうした存在者を術語的に現存在と表現する」(SZ, 7)。より詳細には、「現存在がそれへとこれこれしかじかの態度をとることができ、またつねに何らかの仕方で態度をとっている存在自身を、われわれは実存と名づける」(SZ, 12)

  探求する者としての現存在と、本来的な存在であり本来的なものとしてその存在を有していなければならない者としての現存在という二つの規定が一致するところに、あらたな問題が生じてくる。現存在の二つの規定が一致するのは、われわれが出発点に置いた逆行性Rückbezogenheitがこの二つの規定に存するからに他ならないと私は考える。『存在と時間』第9節、第12節と第15節においてハイデガーは、現存在がどのような意味で実存性を含みもっているかを説明している。現存在は、自らの実存の観点から、また自らの諸可能性の観点から自分自身で存在しているかそうでないかをいつも了解している。〈これは実存的な事柄であって、ハイデガー実存的な事柄ではなく実存論的な事柄にのみ関心があるのだ〉とわれわれは反論してはならない。それは、実存論的であることとは、自分自身の可能性を充実させるかそうでないかにおいてのみ実存している存在者の諸構造の全体性以外の何ものでもないからである。所与の決定を実存的と呼ぶことができるなら、われわれが決断しなければならないという事実は、実存それ自体の「実存論的」な事柄である。かくして先に言及した現存在と存在するものとの循環は、いまや実存論的であることと存在との間の循環のかたちをとっている。

  しかしながら、この循環は探求者と探求されているものとの間の循環に他ならない。この関係はどんな問いかけにおいても含まれているものである。デカルト的コギトとの大きな違いは、われわれが語ってきたものの存在的優位性がいかなる直接性も含んでいないということである。「現存在はなるほど存在的には、身近であるばかりでなく、それどころかもっとも身近なものですらある――その上われわれはそのつど自ら現存在なのである。それにもかかわらず、ないしはそれだからこそ、現存在は存在論的にもっとも遠いものである」(SZ, 15)。この地点で、「私は存在する」の回復は(直観的記述という意味で)現象学的関心であるのみならず、まさに「私は存在する」が忘却されているがゆえに解釈に関わってこなければならない。「私は存在する」は、これを秘匿から引き出す解釈によって再発見されなければならない。現存在は存在的には自らにもっとも近いが、存在論的にはもっとも遠いのである。そして「私は存在する」が解釈学の主題となり、単なる直観的記述の対象とならないのはこの距離においてなのである。それゆえコギトの回復が可能となるのは、世界内存在の全現象でもって始まり、世界内存在の誰がの問いへと向けられる遡行の動きとしてのみである。

  だが、問いの意味自体は隠されている。時にフロイト精神分析と詳細に比較すれば非常に興味深いことになるであろう第25節においてわれわれが読むのは、誰がの問いが問いのまま残り、またそうならざるを得ないということである。これは、存在の問いとしての問いとまったく同じ構造である。この誰がの問いは所与の問いではなく(われわれが頼ることのできる何かでなく)、われわれがそこへと探求してゆかねばならない何かである。この問いは措定物、つまり命題ではない。自己それ自身の問いは最初のうちは隠されているので、〈誰が〉はその当人にとって問いのままであり続ける。自己の問題が「世人das Man」ないしより適切には「世間」の問題に織り込まれて現われるのは偶然ではない。自己の問題は「日常性」の問題系において、すなわち「皆がその他大勢で、誰も自分自身ではない」日常の存在者の問題系において現われる。日常性というこの錯綜した状況によって、自我は所与ではない問いとなる。「日常における現存在の〈誰〉がそのまま〈私自身〉ではないことは十分あり得る」。

  存在的な秩序に属している身近さはまさに人を騙すものであるのだから、〈現象学は解釈学である〉ということが真理となるのはこの地点以外にない。思うに、これは繰り返し取り上げられるべき契機であり、より強調して言えば「さしあたって現存在の〈誰〉は存在論的に一つの問題であるばかりでなく、それは存在的にも隠蔽されたままである」(SZ, 116)。この隠蔽は自己の問いに関して懐疑主義を含んでいない。逆に、「私」は現存在の本質的な性格のままであり続け、そうであるがゆえに「私」は実存論的に解釈されなければならない。『存在と時間』のこの箇所が他者と日常の共存在との出会いについての探求で始まっていることはよく知られている(第26節)。われわれはこの分析を追跡することはしないが、私としてはその哲学的な中心点を示したかったのだ。われわれは、日常生活や自己知の問題を導入することなしに、つまり他者との関係、そして究極的には死との関係の問題を導入することなしに〈誰が〉の問いのうちを進むことはできない。少なくとも『存在と時間』におけるハイデガーにとって(そしてわれわれは、恐らくこのことが後期ハイデガーとの大きな相違をなすものと理解するのだが)、〈誰が〉の本来性に到達するのは、われわれがこの〈誰が〉の過程の終わりに至ってしまっていて、死へと向かう自由という主題にいたっている時だけである。その時にのみ、〈誰が〉は存在する。日常生活においてはまだ〈誰が〉は存在しなかった。匿名の自己である「世人」の類が存在しただけである。このことが意味するのは、われわれが非本来的な実存と本来的な実存との弁証法を展開してしまわない限り、自己の問いは形式的なものにとどまるということである。このようにして現存在の〈誰が〉の問いは、世人の自己全体であるというポテンシャルの問いのうちに登場した。死に直面した実存を概括することは、現存在の〈誰が〉の問いへの応答である。われわれが「私は存在する」の解釈学をもつのはこの時であり、それは死へと直面する際の有限な全体化についての解釈学のうちにその頂点をみる。

 

 

IV

  この地点で私は、序論で言及しておいた反論を再導入したいと思う。「私は存在する」のこの解釈学は『存在と時間』のトピックであるにすぎず、初期ハイデガーから後期ハイデガーへの転回は「私は存在する」の解釈学の溶解を、恐らくはその消滅さえも含んでいるのではないかと述べることができるかもしれない。実際、そうした反論は自己、非本来的な実存と本来的な実存、死に直面した決意性といった問題系へと拡張することができるだろう。そして、これらの主題はすべて実存論的であるというよりはむしろなお実存的であって、減退せざるを得なくなるだろうし、また現存在の釈義は詩人や思想家の発話やディスクール、ことばなどの釈義によってとって代わられるに違いないと述べることも可能であろう。しかしながら私の確信するところでは、初期ハイデガーと後期ハイデガーとの連続性は、私が上で記した循環、すなわち問いにおいてわれわれが探し求めている存在と存在様態としての探求者自身との間の「遡及的な関連づけ」という循環が頑として残っていることのうちに主に存している。問いはもはや現存在の分析論ではないので、この遡及的な循環関係はこれと同じ仕方で成立することはないし、同じ用語法で表現されることもない。しかしこの循環は、ある程度には現存在の分析論にとって代わる言語哲学の中心として考えることができる。

  現存在の自己とつなげられてきた同じ問題が、いまや言語の問題において起こっている。両者は言葉発話といった問題につなげられている。これは存在を言語へともたらす問題である。後期ハイデガーにおいて言葉は現存在の現[開示性]と同じ問題を現わしている。それは、ことばがまさに現[開示性]であるからである。『形而上学入門』においてハイデガーは、次のような言い回しでことばの機能について、より正確には名づけることについて語っている。「言葉、すなわち名づけることは、自らを開示する存在者を直接的で制圧的な殺到から、その存在へと取り返し、それを言葉というかたちでの開け、限界づけ、存続性において保存する」(GA40, 181)ハイデガーは述べている。かくして言葉は名づけることにおいて、あるがままに開示され続けているものを維持し、保存する[be-wahren 真理にする]。言葉はノエインを、つまり思考作用Denkenを表わしており、そのうちでは寄せ集めて受容することと境界づける暴力とが入り混じっている。それゆえ名づけることは、言語における人の場所と役割を指し示す。ここに存在は言語にもたらされ、有限ながら存在者について語ることが生まれる。名づけることにおいてわれわれは、存在の暴露と言語の有限性への閉鎖の両方をもっており、ハイデガーはこれを「保存する」と「存続する」という言い回しで暗示している。保存することで人は内容をもち、暴力を行使し、そして隠蔽するようになる。ここでわれわれは、(例えば論理学などで)理性を行使することで人が存在を支配可能となる地点に立っている。この可能性は、言葉のうちでの言語の誕生や名づけの過程にまで遡られるかもしれない。ロゴスの原義である寄せ集めるという行為は、この種の境界づけを含んでおり、その境界づけにしたがって存在は強引に暴露されるようになるのである。この点からすれば、言葉には暴力が存在する。このように言葉に暴力が含まれていることは、存在の隠蔽に属する問題であり、この隠蔽は言葉の暴露機能の一部である。こうした隠蔽が、〈人である以上、われわれは言語を「自由にできる」〉という幻想を抱かせるのだ。かくして現存在は言語の創造者として自らを理解する。

  このようなことがコギトの言い直しであり、初期ハイデガーによる現存在の分析論の言い直しでもある。またここで初期のハイデガー自身は、後期ハイデガーの言語哲学のうちで取り戻され、再び言い直されている。W・J・リチャードソンは以下のように述べている。

    「その際、言語は〈現―存在〉の闖入にしたがって存在を起源と捉えるのだが、それはその闖入において、言語がそのまま言葉へと形成された存在そのものであるからである。そうなると、〈現〉それ自体の出現においてと同様、言語の生起において存在はその優位の得ることになる。それ自体過度な力を有するものとしての言語はある種の力であり、その力のうちで〈現〉は、自ら徹底的に優勢となるが存在そのものによって抑制されねばならないことに気づく」。

 このように存在の優位の下での「言葉」の出現は、『存在と時間』における、存在へと探求してゆくものとしての「現」の出現を正確に反復している。

  こうした初期と後期での並行関係は、われわれが予期していたものより以上に完璧なものである。『存在と時間』における自己の観念(第4章)は「私は存在する」の解釈学を要求し、死に直面する自由のうちに含まれる「決意する」という意味のうちにその頂点を見た。これと同様に、言語のうちでの人間の位置は、論理によって言語を統御し、存在が出廷しなければならない裁判の判決を下さんと要求するようになるだろう。このように、現存在の出現は、言語がわれわれの仕事であると主張する必然性につなげられている。『存在と時間』において「死への自由」と呼ばれた生は、後期ハイデガーにおけるその対応物として、詩人や思想家への服従を有しており、彼らは言葉に縛られ、言葉によって創造される。根源的に詩作することUrdichtungにおいて詩人は言語を立証し、その言語のうちで存在の過剰な力は人とその言語の力を基礎づける。私がここで述べておくべきなのは、根源的に詩作することが〈誰が〉の問題や〈誰が〉の本来性の問題への解答としての死への自由にとって代わっているということである。本来的な現存在は存在への応答から生まれ、そのように応答することで、言葉の力によって存在の力を保存する[真理とする]。こうしたことが、〈われ在りsum〉「私は存在する」の究極的な反復であり、この反復は哲学史の解体を越えて、単なる認識論的な原理に過ぎないものとしてのコギトの解体を越えてなされているのである。

  そこで私の結論は、第一に〈自己措定する存在としてのコギトの解体、絶対的主体としてのコギトの解体は、コギトと存在との関連づけによって構成されるものとしての「私は存在する」の解釈学の裏返しである〉というものである。第二に、〈「私は存在する」というこの解釈学は、『存在と時間』からハイデガーの後期の論考にいたるまで根本的に変化していない〉というものである。この解釈学は、存在から人間へという「遡行的な関係づけ」と同じパターンに忠実なのである。第三に、〈本来的な生と非本来的な生との類似的な弁証法は、この解釈学に具体的な形式を与えてくれる〉というものである。恐らく、後期ハイデガーと初期ハイデガーとの基本的な相違は、自己が死への自由のうちにその本来性をもはや見出さず、詩的な生の贈与である「放下Gelassenheit」のうちに本来性を見出すというところにあるのだろう。