un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ポール・リクール「実存と解釈学」

[以下は Paul Ricœur,  «Existence et herméneutique» (dans: Le conflit des interprétations. Essays d’herméneutique, Paris:Seuil 1969.) の試訳

 

 ここでの私の目的は、解釈学的な問題現象学的な方法の上に接木することと呼ばれ得るようなものによって現代哲学に対し開かれた道を探求することである。私は、少なくともその終わりには、実存という観念に受容可能な意味を与え、その意味が解釈学による現象学の一新を言い表すような探求を行おうと思うのだが、その前に少しだけその歴史を思い起こすことに専念することになるだろう。

 

 

1.解釈学の起源

  解釈学的な問題は、はるかフッサール以前に持ちあがっていた。それゆえ私は接木するということについて話し、また正確には、最近なされた接木についてすら語らなければならない。

  解釈学的な問題が最初は釈義exegesisの範囲のうちで、つまりテクストを理解しようと企てる学科、つまりテクストが言わんとするものを基盤としてその意図から始めて当のテクストを理解せんと企てる学科の内部で生じた、ということを思い起こしておくことは有益である。もし釈義が解釈学的な問題を、すなわち解釈の問題を生じさせたのなら、それはテクストのあらゆる読解が共同体や伝統や思想の生きた動向といった何かを前提したり要求したりしてくるものすべての内部でいつも行われるからであり、読解がそのテクストの「何が」に、つまりそのテクストが書かれたという「見解のうちにあるもの」にどれほど緊密に結び付られていようともそうなのである。したがって、物理学なり倫理学なりにおける哲学的原理に基づいて、ストア派のギリシャ神話を読解することは、ハラカー[ヘブライ語の聖書の法と法の解釈を扱うタルムードの文学]やハッガダー[法律を扱わないが、いまだにユダヤ人の伝統の一部であるタルムードの文学]におけるトーラー[ユダヤ教の律法]のラビ的解釈とはまったく異なった解釈学を含んでいる。キリストの出来事を導きにして使徒の世代が旧約聖書を解釈するとなれば、そこにはラビの解釈とはまったく別の、聖書の出来事や制度や登場人物の読解がある。

  こうした釈義的な論争は、どのような点で哲学に関わってくるのだろうか。それは以下の点においてである。すなわちこうした釈義は、例えば聖アウグスティヌスの『キリスト教の教義について』においてみられるように、記号や意味作用の全体的理論を含んでいる点において哲学と関わってくるのである。より正確に言うなら、もしあるテクストが歴史的意味や霊的な意味など、いくつかの意味をもち得る場合、われわれは、立論の論理によって要求されるいわゆる一義的な記号の体系よりもっと複雑な意味作用の観念に訴えなければならない。そして最終的には、まさに解釈の作業は奥深くにある意図を暴露するのであり、距離や文化的相違を乗り越え、読者をもはや疎遠になってしまったテクストへ適合させ、それによって人が自分自身についてもち得る現在の了解へとそのテクストの意味を組み入れてゆく作業なのである。

  それゆえ、解釈学はお告げや驚嘆すべきことを解釈する者の解釈の技(テクネー・ヘルメネウティケー)であるような、専門家のための技術に留まり得ない。むしろ解釈学は、了解の一般的問題を含んでいる。またさらに言えば、ある任意の時期に利用可能であった了解の諸様態、例えば神話やアレゴリーや隠喩や類比といったものから借用する注目すべき解釈がこれまで定式化されてきた。テクストの釈義という意味でなされる解釈と、記号の明解な理解という広い意味でなされる了解とのつながりは、アリストテレスの『解釈について』のうちで与えられた「解釈」という言葉がもつ伝統的な意味の中の一つのうちに現われている。実際、注目すべきことは、アリストテレスにおいてヘルメネイアはアレゴリーに限定されるのではなく、どんな有意味な言説にも関係するということである。事実、有意味な言説はヘルメネイアであって、それは言説の言明内容が有意味な表現によって現実を掴んでいるからであり、事象そのものの方からやってくるいわゆる印象を抽出することではないからである。

  このようなことが、解釈の概念と了解の概念との第一のそしてもっとも根本的な関係である。この関係によって、テクストの釈義という技術的な問題と、意味と言語というもっと一般的な問題とが関係づけられる。

  しかし、釈義は第二の発展段階によってのみ一般解釈学へと至ることができるのであって、それは伝統的な文献学と、一八世紀末から一九世紀初頭に成立した歴史科学という発展段階である。解釈学的な問題が哲学的問題となるのは、シュライエルマッハーとディルタイによってである。本節のタイトルである「解釈学の起源」は、ディルタイの一九〇〇年の有名な論考のタイトルをあからさまにほのめかしている。実証主義的な哲学の時代にあって、ディルタイの問題は、自然科学の妥当性に匹敵するものを精神科学に与えることであった。こうした用語で提起されていることからして、問題は認識論的であった。つまり問題は、自然の認識のカント的批判と同じくらい堅実に歴史学の認識の批判を練り上げ、テクストの内的なつながりの法則や文脈の法則、地理的、民族的、社会的環境の法則など伝統的解釈学の様々な手続きをこの批判に従属させるという問いであった。しかし問題の解決は、単なる認識論の富を超出していた。ディルタイが言うような書くことで固定される情報に縛られた解釈は、ある物理的な生から別の物理的な生へと拡大する、理解の非常に広大な領野のうちの一範囲にすぎない。それゆえ、解釈学の問題は心理学の視座から見られている。つまり理解することは、有限な存在者にとり、別の生へと移入されることである。かくして、歴史的に理解することとは、歴史性のあらゆるパラドクスを含む。それはすなわち、〈歴史的な存在者はどのようにして歴史を歴史的に理解することができるのか〉というパラドクスである。同様に、これらのパラドクスもより多くの根本的な問いへといたる。生は自らを表現する際に、どのようにして自らを客観化し得るのか、また生は自らを客観化する際に、自分自身の歴史的状況を打ち破る別の歴史的存在者によって取り上げられたり理解されたりできる意味にどのように光をあてるのか。本研究の最後で再び見出すであろう主要な問題、すなわち力と意味との関係の問題、意味の担い手としての生と一貫した一続きのものへと意味をつなげることのできる精神との関係の問題はこのようにして生じたのである。もし生が本源的に有意味でないなら、理解は永遠に不可能である。しかしこの理解が固定されるために、ヘーゲル概念と呼んだ永遠の展開の論理を生それ自体に戻してやる必要はないのではないか。そうすれば、われわれは、生の哲学を定式化するちょうどその時に、精神の哲学のあらゆる富を密かに自ら自身に与えることにならないか。こうしたことが主要な困難であり、その困難によって現象学の側からは好都合な構造を探求することが正当化され、また当初のイメージに戻るなら、われわれが解釈学の挿し木をそこに接木するところの若木を探求することが正当化されるのである。

 

 

2.解釈学を現象学に接木すること

  解釈学を現象学のうちに基礎づける道行は二つある。最初に考察するのは近道であり、遠回りの道の方はしっかりと踏破しようと思う。近道はハイデガーのやり方以後の、了解の存在論によって採られる道である。私はそうした了解の存在論を「近道」と呼ぶのだが、それはこの存在論が他のいかなる方法の議論とも手を切って、自ら自身を有限の存在者の存在論の水準へと直接もたらし、そこでもはや認識の様態としてではなく存在の様態としての了解を取り戻そうとするのである。この了解の存在論へは一歩一歩進んでゆくことはない。つまり、釈義や歴史や心理分析の方法論的要求を深めつつ、だんだんとこの存在論へと到達するのではないのである。この存在論へと移送されるのは、問いをいきなり転倒させることによってである。ここでは人は〈知る主体はどのような条件においてテクストなり歴史を理解するのか〉と尋ねる代わりに、〈了解を構成する存在のあり方はどのようなものか〉と尋ねる。かくして解釈学の問題は、了解を通じて実存する現存在の分析論の問題になる。

  なぜ私が、言語論的で意味論的な考察で始めながら、より曲がりくねって、より歩きにくい道を進むのかについて語る前に、この了解の存在論に対し私が全幅の信頼を置いていることを述べておきたい。もし私がハイデガーの哲学に対し正当な考察をなすことで始めるのは、私がハイデガーの哲学を私と相反する解決と考えていないからである。それはいわば、ハイデガーの現存在の分析論が、われわれに了解の存在論か解釈の認識論かを選ばせるような二者択一ではないということである。私が提起している遠回りの道も、反省を存在論の水準へともたらすことを目指しているのだが、それは意味論(本稿第3節)と反省(本稿第4節)へと継続的に探求を進めることで徐々になされるだろう。本節の最後で表明される疑念は、当初からあらゆる方法論的な要求から自由で、結果的に解釈の循環――その理論を定式化するのはこの存在論である――の外部にあるような直接的な存在論の形成の可能性にのみ関わっている。しかし、われわれの企図を活気づけ、ウィトゲンシュタインのような言語哲学や新カント主義の哲学の類へと沈み込まないようにするのは、やはりこの直接的な存在論への欲望である。私の問題は、正確に言い表すなら、以下のようなものになるだろう。すなわち、解釈の認識論がこの了解の存在論によって触れられ、活気づけられ、そしていわば霊感を与えられる場合、釈義や方法や歴史や精神分析や宗教の現象学といったものに関する反省に由来するこの認識論にどのようなことが生じるのか、という問題である。

  では、この了解の存在論の要求を一瞥してみよう。

  この存在論が提示している思想がもつ革命の意味を完全に理解するには、われわれはフッサールの『論理学研究』からハイデガーの『存在と時間』への展開の終わりへと一足飛びしなければならず、この思想上の革命との関連でフッサール現象学においては何が重要であるのかをハイデガーに問う準備がなされていなければならない。したがって徹底的に考察されねばならないことは問いそれ自体の転倒であり、解釈の認識論のところに了解の存在論を置く転倒が考察されなければならないのである。

  それは、問題を認識理論的に定式化するあらゆる方法を回避し、〈解釈学は自然科学と同等の基盤に立って競合し得る方法である〉という考えを結果的に断念するという問いである。ある方法を了解に割り当てることは、客観的認識の前提やカント的な認識理論の偏見のうちに巻き込まれたままになっている。それゆえ、主体・客体という問題系の魔法がかった循環から自覚的に抜け出し、自ら存在について問わなければならない。しかし、存在一般について問うためには、あらゆる存在者の「そこ」である存在について、現存在について、つまり了解する存在の様態で実存している存在について問うことがまず不可欠である。したがって了解はもはや認識の様態ではなく、存在の様態であり、了解を通じて実存するかの存在の様態なのである。

  了解と存在との関係のこの完全な転倒への動きを私はすべて受け入れる。さらに言えば、この動きは、ディルタイにとり生は最重要概念であったわけだから、彼の哲学のもっとも深いところにある望みを充たしている。ディルタイの著作において、歴史的に了解することは厳密に言って自然の理論の対立物ではなかった。生とその表現との関係はむしろ、人と自然、人と歴史という二重の関係の共通の根であった。もしこの提起に従うなら、問題は物理学的認識に対して歴史的認識を強化することではなく、科学的認識の底へ潜っていって、あらゆる一般性においてこれを捉えることであり、そうすることで認識論における主体・客体関係よりも重要な歴史的存在と存在全体との関係に到達するようになるのである。

  解釈学の問題がこうした存在論の用語で出されるなら、フッサール現象学はこれにどのような助力をなし得るだろうか。このように問うことでわれわれはハイデガーからフッサールに戻り、ハイデガーの用語でフッサールを再解釈するよう促される。われわれがまずこの戻る道行で出くわすのは、もちろんフッサールの『ヨーロッパ諸学問の危機と超越論的現象学』である。われわれがハイデガー存在論の現象学的基礎を探し求めるのは、まず最初にこの書の中である。同書が解釈学になした貢献は二つある。まず一つは、「客観主義」への批判が最終的な帰結にもたらされたのは現象学の最新の段階においてであるということである。この客観主義への批判が解釈学的問題に関わってくるのは、人文科学にとって唯一妥当な方法論的モデルを提供せんとしてこの批判が自然科学の認識論の主張と競合するからという直接的な理由だけでなく、自然科学と同じくらい客観的な方法を精神諸科学に提供しようというディルタイ的な試みを問いに付しているからでもある。もう一つは、フッサールの晩期の現象学が、了解の存在論のために露払いをする積極的な問題系へとこの客観主義への批判を連接させているということである。この新しい問題系はその主題として生活世界を有している。すなわち、主体・客体関係より以前にある経験の次元の世界であり、この生活世界は新カント主義のあらゆる類の主題の中心テーマを提供している。

  このように、晩年のフッサールが、解釈の認識論に代えて了解の存在論をもたらさんとするこの転覆的な遂行に加担しているのなら、初期のフッサール、すなわち『論理学研究』から『デカルト省察』にいたるフッサールには重大な疑惑がかけられる。言うまでもなく、主体が外部に向けての志向性の極であることを示し、この主体の相関項として自然ではなく意味の領域を与えることによって道を切り開いたのはフッサールである。初期フッサールの視点やとりわけハイデガーの視点から翻って考えてみるなら、初期の現象学は、現象と呼ばれるものが正確に言って志向的生の相関項である以上、まさに客観主義への最初の挑戦として登場し得るものである。しかしながら、初期のフッサールは、彼が戦っていた新カント主義に近い新たな観念論を再構成するに留まっている。世界の定立を[現象学的に]還元することは、実際、存在の問いを存在の意味の問いへと還元することである。そして存在の意味の方は、志向性の主観的様態の単なる相関項へと還元されてしまう。

  かくして、了解の理論が立ち上がってくるのは、結局のところ初期フッサールに対してであり、彼の意味と志向性の理論が有するプラトン的か観念論的かという二者択一に対してである。また晩年のフッサールがこの了解の存在論を指し示すとすれば、それは彼の努力が失敗し、結果、現象学の最終的な帰結が当初の企図からずれたからである。当初の試みからずれたにもかかわらず現象学は、意味の体系のうちに閉じ込められた観念的主体の代わりに、つねにすでにあらゆる志向性の地平としてなにがしかの世界を、その世界を有している生きた存在者を発見するのである。

  このようにしてわれわれは、ガリレオ以来提起してきた数学化された自然、すなわち認識する主体にとって客観性以前に存在する意味の領域を構成する前に、意味の領域が限界づけられることなく存在していることに気づく。客観性以前に、世界の地平がある。認識理論が言う主体以前に操作する生がいるのであって、フサールはしばしばそれを匿名的と呼んでいるが、それは彼がこうした迂回路によって非人格的なカント的主体へと立ち戻っているからではなく、客体を有する主体がそれ自身この操作する生から派生したものであるからである。

  われわれは、了解の問題と真理の問題がどの程度徹底化されたかを理解する。歴史性の問いはもはや、方法として捉えられる歴史的認識の問いではない。歴史性はいまや、実存する者が他の実存する者たちと「共に存在する」様式である。了解はもはや、自然科学的説明に対する人文科学の応答ではない。了解は、特定の事物との出会いに先立つあり方と同類の存在様式を含んでいる。また同時に、自ら自身に対して自由に距離をとり、自ら自身を超越することのできる生の能力は、有限の存在者の構造となる。もし歴史家が自分自身と事物それ自体とを比較することができ、自分自身と既知のものとを比べることができるとすれば、それは両者が歴史的であるからである。このように、こうした歴史的性格を明示することはあらゆる方法論に先立っている。学問を限界づけていたもの、すなわち存在の歴史性は存在の要素を構成するものとなる。またパラドクスであったもの、すなわち解釈者とその対象との関係は存在論的な特質となる。

  こうしたことが了解の存在論によって生じた革命である。了解は現存在の「企投」とその「存在への開示性」の一側面となる。真理の問いはもはや方法の問いではない。それは存在者に対する存在の暴露の問いであって、そうした存在者の実存は了解しつつ存在するうちで成立する。

  この基礎的存在論の尋常ではないくらい魅惑的な力がどれほど偉大なものであろうとも、私はこれとは別の道を探求して、違うやり方で解釈学の問題を現象学へと連接させることを提案する。現存在の分析論を前にしてなぜこのように撤退するのか。それは二つの理由による。ハイデガーの徹底した問いかけによって、われわれの探求を先導してきた諸問題は解決されないままであるばかりか、見えなくなってもしまった。われわれが最初に問うたのは、どうすれば釈義に、テクストの明解な理解にオルガノンを与えることができるのか、どうすれば歴史科学は自然科学に対して基礎づけられ得るか、競合する諸解釈の葛藤はどのように調停され得るのか、という問題であった。これらの問題は[ハイデガー]基礎的解釈学において適切な仕方では考慮されない。それは意図的にそうなのであって、基礎的解釈学はこれらの問題を解決するのではなく、解消するのである。加えてハイデガーは、あれこれの存在者の了解に関わるどんな特定の問題も考慮したがらなかった。彼はわれわれの眼を再教育し、われわれの視線の方向を別のところに向けようと欲した。彼はわれわれに、根源的形態の派生形態として歴史的認識を存在論的了解へと従属させるよう望んだのである。しかし彼は、正確に言うなら、歴史的な了解がどのような意味でこの根源的な了解から派生するのかを教える方途をわれわれにまったく与えていない。それゆえ、了解の派生形態から始め、それらのうちにその派生のしるしを示すことをハイデガーはあまり強く望んでいないのではないか。この指摘が含んでいるのは、〈出発点は了解が作動するのと同じ次元に、つまり言語の次元に置かれる〉ということである。

  第一の考察は第二の考察へと導く。もし認識論的な了解から了解する存在者への転倒が可能であるなら、われわれは、先行する認識論的関心などなくとも、自ら自身において構成されるものであるような現存在の特権的な存在をじかに記述できるに違いなく、またそうした存在様態の一つとして了解を取り戻すこともできるに違いない。認識様態としての了解から存在様態としての了解へと移行する際の困難は、〈現存在の分析論の帰結である了解は、正確に言って、この現存在が存在者として自ら自身を了解する方法と場所としての存在である〉ということである。われわれが〈了解は存在様態である〉という指標を探し出さなければならないのは、再度、言語の内部なのではないだろうか。

  これら二つの反論もある肯定的な提案を含んでいる。それは、現存在の分析論という近道に代えて、言語の分析によって始める遠回りの道をとるという提案である。このやり方でわれわれは、ある方法に基づきながら解釈を実践してゆこうとする学科との関係を持ち続けようとするだろうし、また了解の特徴である真理を、釈義から発生した学科によって発動する方法から分離する誘惑に抵抗するだろう。その際、実存の新しい問題系が仕上げられるのなら、それはあらゆる解釈学的な学科に共通の解釈の概念を意味論的に解明することから始められねばならず、またそこに基づかなければならない。この意味論は、多様な意味もしくは多声的な意味をもつ意味作用、もしくはわれわれが象徴的意味と呼ぶであろうもの(然るべき時にわれわれは両者の等価性を正当化するだろう)を中心主題として組織されるだろう。

  私がこの意味論という迂回路によってどのように実存の問いに到達しようとしているのかを指摘しておこう。純粋な意味論的解明は、他声的もしくは象徴的な表現の了解が自己了解の一つの契機であると示されるまでは、宙吊りにされたままである。このように、意味論的アプローチは反省的なアプローチを伴っている。しかし、記号を解釈しながら自分自身を解釈する主体はもはやコギトではない。むしろそうした主体は、自分が自分自身を措定し所有する以前にすでに措定されていることを、自らの生を釈義することによって発見している存在者である。このようにして解釈学は、一貫して解釈されている存在であり続けるような実存の仕方を発見するだろう。反省だけが、自ら自身を抑制することによって了解の存在論的な根幹に到達することができる。しかしながら、このことはつねに言語のうちで生じることであって、反省の動きを通じて起こることである。われわれが辿ろうとしているのは、このような難儀な道のりである。

 

 

3.意味論の水準

  あらゆる存在的ないし存在論的な了解がその表現に到達するのは、まずそしてつねに言語においてである。それゆえ、解釈学的領域の全体にとっての参照として意味論へと目を向けることは無駄ではない。テクストがいくつかの意味を持っていること、それらの意味が重なり合うこと、霊的な意味がその意味の余剰のために歴史的ないし字義通りの意味から移される(聖アウグスティヌスの「置き換えられた記号」)ことといった考えに、釈義はわれわれを慣らしてくれた。シュライエルマッハーとディルタイもテクストや史料や手稿を、書くことによって固定化されるようになった生の表現として考えるようわれわれに教えてくれたのだった。釈義者は、最初に物理的なつながりにおいて、そしてその後に歴史的な連続においてこの生の力の客観化を逆向きの運動の中で追いかける。この生の客観化と固定化は、意味の移転の別の形式をなしている。ニーチェにおいて価値が解釈されなければならないのは、価値が力の表現であり、力への意志の弱さであるからである。加えてニーチェにおいて、生そのものは解釈である。このようにして、哲学それ自体が諸解釈の解釈となる。最終的に、フロイトは「夢判断」の冒頭で一連の手続きを検証したが、そうした手続きは、あからさまな意味のうちに潜在的な意味を示すと同時に隠蔽する歪みへと隠された意味を従属させつつ、この隠された意味を置換Entstellungする点で顕著なものとなる。フロイトは、芸術や道徳や宗教といった文化的表現のうちにこの歪みの分裂態を追跡し、そうしたやり方でニーチェに非常に似通った文化の釈義を構築したのであった。それゆえ、一般的であれ個別的であれ、根本的であれ特殊的であれ、あらゆる解釈学の意味論的な結節点と呼ばれ得るものへと照準をあわせようとすることは意味のないことではない。釈義から精神分析に至るまで、いたるところで見出されるそうした解釈学の共通要素とは、意味の何らかの組み立てであるように思われる。それは「二重の意味」もしくは「多様な意味」という用語で言い表され、様式は異なれど、あらゆる場面で見出されるこうした意味の役割は隠しながら示すことである。したがって、私にとり言語の分析が限界づけられるのは、示されながらも隠されているという意味論のうちであり、他声的な表現のうちである。

  『悪の象徴系』を構成する公然の言語というこの意味論の十分限定された地帯を私の方で探求したことで、私はこうした多声的な表現を「象徴的」と呼ぼうと思う。それゆえ私は、知覚や神話や芸術から科学にいたるような、記号を用いて現実を捕捉するあらゆる作用を象徴的と呼ぶカッシーラーのような著者より狭い意味を「象徴」という語に与える。とはいえ私は、ラテン語の修辞学や新プラトン主義の伝統から出発して象徴を類比に還元する著者たちよりは広い意味をこの語に与える。私は「象徴」を意味作用のあらゆる構造として定義し、その構造においては直接的で主要な字義通りの意味が、間接的で第二次的で文彩的であり、最初の字義通りの意味を通じてのみ捕捉され得るもう一つ別の意味を指示するのである。二重の意味で表現の範囲を確定することが、解釈学の領域を正確に構成する。

  解釈の概念の方もはっきりとした意味を受け取る。私は象徴に与えたのと同じ意味の広がりを解釈に与えようと思う。解釈とは、字義通りの意味のうちに含意されている意味の水準を展開してやることで、うわべの意味に隠された意味を解読することによって成立する思考作業である、と言おう。このようにして私は、当初なした釈義への参照へと、すなわち隠された意味の解釈へと戻るのである。それゆえ象徴と解釈とは相関的な概念になる。多様な意味があるところには解釈があり、意味の複数性が明らかになるのは解釈においてである。

  象徴と解釈にかんして意味論的領野をこのように二重に限界づけることによっていくつかの課題が出てくるが、ここではその簡単な目録を作るだけにとどめておこう。

  象徴表現に関して言えば、その言語分析の課題は二通りあるように思う。まず一つは、可能なかぎり十全でかつ完全となるような象徴形式を列挙するという問題がある。こうした帰納的な道は探求の当初における唯一接近可能なものであるが、それは問いが象徴表現のこうした多様な様態に共通の構造を正確に規定することであるからである。性急に統一へと還元したくなる気持ちを遠ざけておくなら、こうした列挙はファン・デア・レーウ、モーリス・レーエンハルト、ミルチァ・エリアーデらのような宗教現象学によって解明された宇宙的な象徴を含んでいるべきである。夢の象徴は、民話や伝説や格言や神話におけるそのあらゆる等価物と共に、精神分析学者らによって明らかにされた。また詩人による言葉の創造は感覚的だったり映像的だったり音響的だったりするイメージまたはその他のイメージの導きに従っていたり、時間や空間の象徴系に従っていたりする。宇宙の観相学的質だったり、性的な象徴系だったり、感覚的な想像だったりと様々なやり方で基礎づけられているとはいえ、これらの象徴系はすべて言語というエレメントのうちに自らの表現を見出している。象徴の力がより深いところで基礎づけられているとしても、人が話さなければ象徴は存在しない。宇宙や欲望や想像的なものが表現されるのは言語のうちである。世界が取り戻され聖体顕示されるべきであるなら、言葉はつねに不可欠である。同様に、夢は物語りによって言語の水準にもたらされるまでは、われわれに閉ざされたままである。

  象徴表現の様態をこのように列挙することは、隠喩やアレゴリーや直喩といった関連する諸形式の意味論的構成を規定することを課題とするような基準論をその補完物として要求する。「意味の移転」ということにおいて類比の機能は何であるか。ある意味を別の意味に関連づけるという類比の他に方法はあるだろうか。フロイトによって発見された夢のメカニズムはどのようにして象徴的意味へと統合され得るか。そうした夢のメカニズムを、隠喩や換喩といった既知の修辞形式に重ね合わせることができるだろうか。フロイトが「夢判断」と称したものによって動かされている歪みのメカニズムは、宗教現象学によって立証される象徴操作と同じ意味論的領野を覆っているか。こうした構造的な問いを、基準論は解決してゆかなければならないだろう。

  この基準論の方は、解釈の操作についての研究から切り離すことができない。実際、象徴表現の領野と解釈の領野は、ここでは互いの用語法で定義されてきた。したがって象徴によって提起される問題は、解釈の方法論へと反映される。事実、解釈がまったく異なった方法、もしくは対立しさえもする方法につながることは注目に値する。私は宗教現象学精神分析についてほのめかしておいた。それらは可能なかぎり徹底的に対立している。[とはいえ]これは驚くべきことではない。解釈は象徴の多様な規定によって始まるのであり、ある者が精神分析の中で述べているように、象徴の過剰な規定によって始まるのである。しかしそれぞれの解釈は定義上、この象徴の豊かさや多声性を切り詰め、自分自身の参照枠に従って象徴を「翻訳」する。この[解釈の]基準論の課題は、考慮されている解釈学的体系の理論的構造と解釈の形式が関連していることを示すことである。それゆえ、宗教現象学は儀式や神話や信仰における宗教的対象を解読するが、そうするのは、自らの理論的構造を定義づける聖なるものという問題系を基礎にしてのことである。それとは逆に精神分析は、象徴の一つの次元にだけ、すなわち象徴が抑圧された欲望の派生物とみなされる次元にだけ着目する。結果、精神分析は、初期の抑圧から出発してそれに続く二次的な抑圧によって練り上げるというやり方をとることで、無意識において構成される意味のネットワークのみを考慮するのである。[しかしながら]精神分析をこうした狭隘さのために責めたてることはできない。この狭隘さは精神分析の生存理由なのである。フロイトが自らのメタ心理学と呼んだ精神分析理論は、解読の規則をいわば欲望の意味論と呼びうるものに限定している。この理論が探し求めるものは、夢や神経症や芸術や道徳や宗教において作用している代理表現や情動といった「分配的」な意味である。それゆえ精神分析学者は、人間の欲望のもっとも古層にある代理表現や情動という隠された表現以外に何も見出すことができないであろう。こうした事例は、哲学的解釈学の十全さを意味論という単一の次元でうまく示している。哲学的解釈学は、諸々の象徴形式へと探求を拡大させ、象徴構造を包括的に分析することで始まる。この哲学的解釈学は諸々の解釈学のスタイルを対決させ、解釈の諸体系を批判することによって進められ、解釈学的方法の多様性をそれぞれに対応する[例えば欲望や聖なるものといった]理論の構造へと引き戻す。このようにして哲学的解釈学は、それぞれの解釈の絶対主義的な主張を真に調停するというそのもっとも高度な課題を自らこなさんとするのである。それぞれの方法がどのような仕方で理論形式を表現しているかを示すことによって、哲学的解釈学はそれぞれの方法をその理論的区分という限界のうちで正当化する。こうしたことが、純粋に意味論的な水準でなされるこの哲学的解釈学の批判的機能である。

  こうした哲学的解釈学の利点は明らかである。まず、意味論的なアプローチによって解釈学は、それが実際に実践されている通りの方法論と関わり続け、そうすることで真理の概念と方法の概念とを分離する危険がなくなる。加えて哲学的解釈学は、現象学がもっとも自らについて確実な水準で、すなわち『論理学研究』において展開された意味理論の水準で解釈学を現象学に移植することを保証している。もちろんフッサールは、意味の概念がどうにもならないくらい非一義的なものであるなどと容認しはしないだろう。彼は第一研究の中でこの可能性を明確に排除し、実際そうであるがゆえに『論理学研究』の現象学は解釈学的であり得ないのである。しかしもしフッサールから離れるなら、われわれは表現の意味作用についての彼の理論の枠内で非一義的なものの可能性を認めることができる。現象学の拡散が始まるのはここであって、生活世界に関する現象学のどこかの水準でではない。結局のところ、論争を言語の水準にもってくることで、私は共通の地盤の上に立つ目下のところ実行可能な他の哲学との出会いがあるのではないかという気がしている。もちろん多声的な表現の意味論は、理想的なモデルに基づく実在の言語を作り直さんとするメタ言語の理論と対立する。そうした対立は、一義性というフッサールの理想との対立と比べても同じくらい先鋭的である。他方、この意味論は、ウィトゲンシュタインの『哲学探究』やアングロ・サクソン諸国における日常言語の分析から成立した教説と実り多き対話を始める。一般的解釈学がブルトマンとその学派に由来する現代の聖書釈義の関心とつながりをもつのも、同じようにこの意味論の水準においてである。私はこの一般解釈学を、今日われわれが欠いている言語についての偉大な哲学への寄与とみなしている。今日、われわれは象徴論理や釈義学や人間学や精神分析を自由に活用できる。またわれわれは、恐らく初めて、人間の言説を再統合する作業をたった一つの問いのうちに包含することができる。これら異なる学科の進展はただちに明確化され、この言説が横道に逸れることを悪とみなしてきた。人間の言葉の統一は今日の問題である。

 

 

4.反省の水準

  二重の意味もしくは多様な意味を有する表現の意味論的構造を扱う先の分析は狭き門であり、解釈学的哲学は、それぞれの方法に従って解釈へと向かってゆく(釈義、歴史、精神分析といった)先述の諸学科から切り離されまいとするなら、この狭き門を通過しなければならない。しかし多様な意味をもつ表現の意味論は、解釈学を哲学とみなすには十分ではない。こうした意味作用をそれ自体閉じた全体として扱いかねないような言語分析は、言語をどうしても絶対的なものに仕立てかねない。とはいえ言語のそうした実体化は、記号が「~に対して」もっているはずの基礎的な志向性を拒否しており、かくして記号は自ら超越し、それが志向するもののうちで自ら自身を抑制する。言語それ自体は意味作用の媒体として、実存へと指示されるものでなければならない。

  このことを承認することで、われわれは再びハイデガーと交わる。言語の水準を凌ぐ動きを活気づけているのは、存在論への欲求である。この存在論が言語の囚人となりかねない分析に対してなすのはこうした[実存への]要求である。

  しかし、どのように意味論は、現存在の分析論に対して先にわれわれが挙げた反論によって損なわれることなく存在論へと統合され得るのか。実存へ向かう中間的な段階は反省、すなわち記号の理解と自己理解とをつなぐものである。われわれが実存を発見する機会をもつのは自己においてである。

  象徴言語と自己理解とを関係づけんとする際に、私は解釈学のもっとも深いところにある望みを充たそうと思う。あらゆる解釈の目的は、テクストが属するかつての文化の時代と解釈者自身との間にある隔たりや距離を克服することである。そうした距離を克服することで、また解釈者自身をテクストと同時代に存在させることで、釈義者はテクストの意味を自分自身に適用できるようになる。釈義者は疎遠であるそうした意味を馴染みのものに、すなわち自分自身のものにする。それゆえ釈義者が他なるものの理解を通じて目指すのは、自分自身の理解を自らの手で増大させてゆくことである。かくしてあらゆる解釈学は、陰に陽に、他なるものの理解による自己理解である。

  かくして私が躊躇なく述べるのは、〈『論理学研究』のうちで表現された意味理論の水準においてのみならず、『イデーン1』から『デカルト省察』までのうちで展開されていたようなコギトの問題系の水準においても、解釈学は現象学に接木されねばならない〉ということである。しかし、私は台木が実生の若木を変形させてしまうなどとあえて述べようとは思わない。曖昧な意味を意味論的領野に導入することが、『論理学研究』において賞賛された一義性という理想をいかにわれわれに放棄させたかということについては既に見てきた。いま理解されなければならないのは、〈こうした多様な意味を自己理解に加えることで、われわれはコギトの問題系を大きく変形する〉ということである。実存という新たな次元をわれわれがここで発見したことを後に正当化することになるのは、反省哲学のこの内部改革であるとすぐに述べることにしよう。しかし、コギトがどのように爆破されたのかについて述べる前に、コギトが解釈学へと訴えることでどれだけ豊かにされ、深まりを見せたのかについて述べることにしよう。

  われわれが精神分析学的な解釈の意味を適用しようと、テクストの釈義による意味を適用しようと、自己理解の自己が何を指しているのかについて実際に反省することからはじめよう。われわれ自身を理解したいというその欲望だけがこの自己化appropriationを導いてきたにせよ、われわれは現実には[自己を]前もって知るのではなく、後になってからのみ知る。なぜそうなのか。なぜ解釈を導く自己は、その解釈の結果としてのみ自分自身を取り戻すのか。

  その理由は二つある。①まず最初に述べておかねばならないのは、懐疑の経験のうちに直接自らを掴む有名なデカルト的コギトは、それが揺るぎないのと同じくらい空しい真理である、ということである。このコギトが真理であることを私は否定しない。それは自己自身を措定する真理あり、そのようなものとして検証されもしなければ推論されもしない。デカルト的コギトは、〈私は存在する〉〈私は考える〉〈実存すること〉〈私にとって〉という具合に存在、行為、実存、思考作業をただちに措定する。私は思考する限りにおいて実存する。しかしこの真理は空しい真理である。〈私は考える〉の〈私〉がその対象、なされたこと、活動を鏡として奪回されてこなかった限りにおいて、それは他の何ものによっても追従されない第一歩のようなものである。生が客観化される表現とディルタイが呼んだものによって媒介されないのなら、反省は盲目的な直観である。もしくは、ジャン・ナベールの言い方を用いれば、反省とは、実存しているというこの活動の記号である諸作品や諸行為に適用される批判によって実存するというわれわれの活動を自己化すること以外の何ものでもない。それゆえ反省は批判であるが、それは学問や義務の正当化というカント的意味においてではなく、コギトが生の資料の解読という迂回路を経てのみ取り戻され得るという意味においてである。反省はわれわれの実存の努力と存在の欲望の自己化であり、この自己化はそうした努力と欲望をテストする諸作品を手段としてなされるのである。

  コギトはそれが揺るぎないのと同じくらいに空しい真理であるだけではない。同じようにわれわれは、それがつねに誤れるコギトによって占められてきた空虚な場のようなものであるとつけ加えなければならない。実際、いわゆる直の意識がまず第一に「誤れる意識」であるということを、われわれはとりわけあらゆる釈義的な学科や精神分析によって学んできた。マルクスニーチェフロイトはわれわれにそのごまかしを暴いてみせてくれたのだった。それゆえ、誤れる意識という批判を、生の資料のうちでコギトという主体を再発見することへとつなげることが不可欠となる。反省の哲学は意識の哲学のちょうど反対になければならない。

  ②第二の理由は第一の理由につけ加えられる。「私」だけが生を客観化するその表現のうちでのみ自分自身を奪回することができるというわけではなく、意識のテクスト的釈義も誤れる意識の当初の「解釈ミス」と衝突する。さらにシュライエルマッハー以来、われわれはまず解釈ミスがあるところではいつも解釈学が存在することを知っている。

  このように、反省は二重に間接的でなければならない。それは第一に、実存が生の資料においてのみ明証されるからであるが、また意識がまず第一に誤れる意識であるからでもあり、適切な批判によって解釈ミスから理解にいたることが常に不可欠である。

  われわれが反省の段階に区切りをつけるこの第二段階の最後で、意味論的段階に区切りをつけた第一段階の結果がいかに強固なものとなるかを私は示そうと思う。

 意味論的な第一の段階の間じゅう、われわれは一義的な意味に還元できない言語の存在を事実としていた。罪ある意識の告白が穢れや罪や罪過という象徴系を体験するというのは事実である。また抑圧された欲望が、夢や、格言や伝説や神話を通じて自らの安定性を確証する象徴系において表現されることもある。さらに空や大地や水や火といった宇宙的要素の象徴系において聖なるものが表現されるということもある。ところが、こうした言語を哲学が使用することは、〈曖昧な言語は誤れる議論しか提供し得ない〉という論理学者の反論に晒され続ける。解釈学を徹底的に正当化することができるのは、[自己化する]反省的思考の本性そのもののうちに二重の意味がもつ論理原則が探し求められる場合だけである。その際、この論理はもはや形式論理ではなくむしろ超越論的な論理である。二重の意味の論理は可能性の条件の水準で確立されている。つまり自然の客観性の条件という水準においてではなくではなく、われわれの存在の欲望を自己化する条件の水準で確立されているのである。解釈学に固有の二重の意味の論理が超越論的と呼ばれ得るのは、まさにこの意味においてである。もし論争がこの水準に達していないのなら、受容しがたい状態へとただちに駆り立てられるだろう。純粋に意味論的な水準で論争し続けようとしたり、一義的な意味と並行して曖昧な意味に余地を残そうとしたりしても、それは空しい結果に終わるであろう。なぜなら、釈義学に見られる意味の余剰によって生じる曖昧さと、論理学が追放する意味の混同によって生じる曖昧さという二種類の曖昧さの理論的相違は、意味論的な水準においてだけでは正当化され得ないからである。二つの論理は同一の水準のうちでは存在し得ない。反省という問題系だけが二重の意味の意味論を正当化する。

 

 

5.実存の水準

  言語の問題系から反省の問題系へとわれわれを導いた本稿の行程の最後で、私はわれまでの歩みを振り返りながら実存の問題系につなげていきたいと思う。ハイデガーが問題の急激な転倒によって直接打ち立てる了解の存在論は、認識様態について考慮するのではなく存在様態を考慮しているという点で、間接的かつ漸近的に進めてきたわれわれにとっては、所与の事実というよりはむしろ地平もしくは目標でしかあり得ない。分離されている存在論はわれわれの把握を超えてしまっている。自分で解釈している存在をわれわれが覚知するのは、解釈の運動の内部においてである。了解の存在論は解釈の方法論の中に暗示されており、ハイデガー自身がわれわれに描写して教えてくれた不可避の「解釈学的循環」に従っている。さらに、われわれが解釈されるべき何かの存在に気づくのは、競合する解釈学の葛藤においてのみである。[競合関係のない]統一された存在論は、分離された存在論と同じくらいわれわれの方法に近づくことはない。むしろどんな場合でも、それぞれの解釈学は自らを方法として基礎づける実存というアスペクトを発見するのである。

  しかしながらこのように二重に警告されたからといって、われわれは実存のアスペクトに先行する意味論と反省の分析から存在論的な基盤を除去しない訳にはいかない。ほのめかされた存在論、それどころか傷ついた存在論は、それでもすでに一つの存在論である。

  われわれは自らに開かれた路線、すなわち精神分析についての哲学的反省によって提供された路線に従おう。われわれは、基礎的存在論という方法のうちでこの精神分析から何を期待し得るだろうか。それは二つある。一つは、意識としての主体という古典的な問題系を真に放棄すること。二つは、欲望としての実存という問題系を復活させることである。

  実際、精神分析が存在を目指すのは意識の批判を通じてのことである。夢、妄想、神話、象徴についてわれわれに提起される解釈は、意識が自らを意味の起源であらんとする場合には、いつもある程度のところその意識の偽装と競合する。誤れるコギトのフロイト版であるナルシズムに対する闘争は、〈言語は欲望のうちに、すなわち生の本能的衝動のうちに深く根づいている〉という発見にいたる。この発見の厳格なしつけに囚われている哲学者は、主観性を真に克己すべく訓練し、意味の起源を奪われたままになる。もちろん、このように意味の起源を放棄することはまだ反省の別の動きなのだが、このことは自己というあらゆる対象うちでもっとも古層にあるものの本当の喪失となるに違いない。その際、福音書が魂について語っている内容は、反省の主体について語られている内容であるはずである。すなわち、主体が救われるには、失われなければならないのだ。あらゆる精神分析は、象徴を介するかたちで再び見出されるべき失われた対象について私に語ってくれる。反省哲学は、この精神分析の発見を自らの課題とを統合しなければならない。自我le moiは「私le je」を見出すために失われなければならないのだ。こうした理由から、精神分析は、哲学の学科ではないけれども、少なくとも哲学者にとっての学科となる。無意識的なものによって哲学者は、直近の主体から分離されている水準で意味作用を統制するよう強いられる。これはまさに、フロイト的地勢図が教えてくれるものである。もっとも古層にある意味作用は、直近の意識が支配している場から分離している意味の「場」のうちに組織化されている。無意識的なもののリアリズム、すなわち代理表現、妄想、症候群や象徴を地勢図的・分配的に取り扱うことは、最終的に、自我の偏見から自由な解釈学の条件として登場する。

  かくしてフロイトは、意味作用と欲望との関係、意味とエネルギーとの関係、つまり結局のところ言語と生との関係についての問いをあらためてわれわれに問うよう促す。すでにこれは〈表出はいかに欲動とつながりをもつのか〉というライプニッツの『モナドロジー』における問題であった。また同様にこれは、スピノザの『エティカ』第三巻における〈理念の充足の程度は、どのような仕方でコナトゥスの程度、われわれを持続させる努力の程度を表現しているのか〉という問題でもあった。精神分析はそれ独自のやり方で、〈意味作用の秩序はどのような仕方で生の秩序のうちに含まれているのか〉という同じ問いにわれわれを引き戻す。意味から欲望への後退は、反省が実存の方へ超越可能であることの指標である。ここでわれわれがいま使った「実存」という表現(しかしその意味はただ予感されているにすぎない)を正当化しよう。さきに〈自ら自身を了解することによって、われわれは自らの存在することの欲望の意味、実存する努力の意味を自分自身へと自己化する〉と述べた。今やわれわれは〈実存とは欲望であり努力である〉と述べることができる。われわれはこの実存を、その積極的なエネルギーと力動性とを強調して努力と称する。またわれわれはこれを、その欠如と貧しさを示して欲望と称する。エロスはポロス[]とペニア[貧困]の息子である。このようにしてコギトは、もはや当初のうぬぼれの作用(つまり自己措定するといううぬぼれ)ではない。コギトは存在においてすでに措定された者として登場するのである。

  しかし、精神分析に関する哲学的反省が提案するように、反省の問題系が実存の問題系において自ら自身を超えてゆくことができ、またそうしなければならないとすれば、この超出が生ずるのはつねに解釈においてであり、それを通じてのことである。つまり、意味や反省の根幹にある欲望が発見されるのは、欲望の偽装を解読することにおいてなのである。私は解釈の過程の外部にこの欲望を実体化できない。欲望はつねに解釈されるものであり続ける。意識の謎の背後にその欲望のヒントがあるが、その欲望それ自体を掴もうとすれば、精神分析の粗雑な発想においてしばしば生ずるような、本能的な力に関する神話学を作り出す危険を必然的に伴う。コギトが発見されるのはそれ自体の背後においてであり、それは解釈の仕事を通じてであって、主体の考古学のようなものである。実存はこの考古学において一瞬、垣間見えるが、それが生じてくる解読の運動の中でもつれたままである。

  方法こそ異なれ、解釈学として理解される精神分析はわれわれに解読を強い、また同様に他の解釈学的方法もわれわれに解読するように強いる。精神分析が発見する実存は、欲求の実存である。その実存は欲求としての実存であり、原則的にこの実存は主体の考古学のうちに隠されている。例えば精神の哲学の解釈学といった別の解釈学は、意味の起源をシフトさせる別のやり方を提案しており、もはや意味の起源は主体の背後にあるのではなく、その前面にある。到来する神とその王国の接近についての解釈学、意識の予言を代表する解釈学が存在すると喜んで私は言おう。最終的な分析において、これはヘーゲルの『精神現象学』を活気づけているものである。私がこの本についてここで言及するのは、同書の解釈の様態がフロイトのものと正反対なほど対立しているからである。精神分析は古層への対抗をわれわれに与えた。精神の現象学はわれわれに運動を与えてくれ、その運動においてそれぞれの形態は、先行するものにおいてではなく後続するものにおいてその意味を見出すのである。それゆえ、意識はそれ自身の外部へと、その前面へと、運動する意味へと引き出され、そこでは各段階が後続する段階において差し留められ、保留されている。このようにして主体の目的論は主体の考古学と対立する。しかしわれわれの意図にとって重要なのは、ちょうどフロイトの考古学のようにこの目的論が、一つの形態を別の形態を通じて理解する解釈の運動においてのみ構成されるということである。精神は、このように一つの形態から別の形態へと横断することの内でのみ現実化する。精神とはまさにこれらの形態の弁証法であり、この弁証法によって主体は自らの幼年から引き出され、自らの考古学から引き離される。こうした訳で、哲学は解釈学であり続ける、つまりテクストの見かけの意味の内部にある隠された意味を読解することである。この解釈学の課題は、〈実存が表現や意味や反省に到達するのは、文化世界のうちで明らかとなるあらゆる意味作用の継続的な釈義を通じてのみなされる〉ということを示すことである。実存が自己になり、人間になり、大人になるのは、最初は「外部」にあるこの意味を作品や制度や文化的記念物(それらにおいて精神の生は客観化される)のうちで自己化することによってのみである。

  ヴァン・デア・レーウやM・エリアーデの宗教現象学が問われなければならないのは、これと同じ存在論的な地平の内部である。現象学としてこの学問は、儀式、神話、信仰、つまり行為や言語や感情(これらによって人は自ら「聖」なるものへと向かう)の記述であるにすぎない。しかし現象学がこの記述のレベルに留まり得るのなら、解釈作業を反省によって回復することはもっと先に進んでいることになる。すなわち、聖なるものにおいて、また聖なるものを通じて自分自身を理解することで、想像し得るかぎりもっとも徹底的な自己放棄を成し遂げられるのである。この自己放棄は、精神分析ヘーゲル[精神]現象学(両者が個別に考えられるにせよ、両効果が組み合わされるにせよ)によってもたらされる自己放棄を超えている。考古学と目的論はやはりアルケーとテロスを明らかにするが、それらを理解しているかぎりで主体はアルケーやテロスを駆使することができる。これは、宗教現象学において自ら明らかとなる聖なるものの場合と同じである。聖なるものは、あらゆる考古学のアルファとあらゆる目的論のオメガを象徴によって指し示す。このアルファとオメガは、主体によっては駆使され得ないものである。聖なるものは人に呼びかけ、この呼びかけのうちでその者の実存を意のままにするものとして顕現するのであるが、それはこの聖なるものが、存在することの努力・欲望として絶対的にこの実存を措定するからである。

  かくして、もっとも激しく対立する諸解釈学は、それぞれ独自の仕方で了解という存在論的根幹を目指している。それぞれが独自の仕方で、自己が実存に依存していることを確証している。精神分析は主体の考古学においてこの依存関係を示し、精神の現象学は形態の目的論のうちにこれを示し、宗教現象学は聖なるもののしるしのうちにこれを示す。

  このようなものが、解釈の存在論的含意である。

  ここで提案されている存在論は、けっして解釈から切り離すことができない。この存在論は、解釈作業と解釈される存在との結合によって形成される循環の内部で捉えられる。それゆえこの存在論は輝かしき存在論ではまったくない。それは解釈のリスクを避けることができないために、学問ですらない。この存在論は、様々な解釈学が自分たち同士でなす内部闘争から完全に逃れることができないのである。

  しかしながらそうした不安定性にもかかわらず、この好戦的で傷ついた存在論は、あたかも競合する解釈学の全体主義的な要求が言語というただ一つの水準で互いに対立し続けているのが実情であるかのように、そうした諸解釈学が単なる「言語ゲーム」ではないことを強調するものとされる。言語哲学にとり、あらゆる解釈は、読解の所与の規則を基礎づける理論の限界のうちで等しく妥当性をもつ。それぞれの解釈が特定の実存論的な機能のうちに基礎づけられていることが示されるまでは、これらの等しく妥当な解釈は言語ゲームに留まる。かくして、精神分析はその基盤を主体の考古学のうちにもち、精神現象学は目的論のうちに、そして宗教現象学は終末論のうちにそれぞれの基盤をもつ。

  われわれは進展することができただろうか。ハイデガーが『存在と時間』の第二部でなそうとしたように、これらの実存論的な基盤を一つの統一的な形態に接続することはできるだろうか。これは本研究未解決にままにしている問いである。しかしたとえ未解決であっても、望みがない訳ではない。考古学と目的論と終末論との弁証法のうちで、ある存在論的な構造が顕在化され、不調和な諸解釈を言語的な水準で再統合できる構造が顕在化される。しかし、競合する諸解釈が根づいていて、われわれ自身がそうであるところの存在のこの一貫した形態は、解釈のこの弁証法以外で生じることはない。この点で、解釈学は越えられぬものである。象徴的な形態によって教えられる解釈学だけが、実存のこれら様々な様態が単一の問題系に属していることを示すことができる。それは、これら多様な解釈の統一性が確証されるのは、結局のところもっとも豊かな象徴を通じてであるからである。こうした象徴だけが、前進的でもあり後退的でもあるあらゆるベクトルを保持していて、多様な諸解釈学はこれらを[逆に]引き離してしまう。真なる象徴はあらゆる解釈学を包含しており、そうした解釈学には新しい意味の出現に向けられていているものもあり、古層にある妄想の蘇生に向けられているものもある。解釈学的哲学と関わってくるような実存がつねに解釈された実存であり続けるとわれわれが主張してきたことは、本研究の序論からこうした意味においてである。この解釈学的哲学が自己の依存関係の多様な様態――主体の考古学において垣間見られる欲望への依存関係、目的論において垣間見られる精神への依存関係、終末論において垣間見られる聖なるものへの依存関係――を発見するのは、解釈の作業においてである。反省が反省として自ら自身を超えてゆくのは、考古学、目的論、終末論を展開することによってである。

  実際、存在論はこのような仕方で、言語と反省をもって始まる哲学にとっての約束の地である。しかし、モーセのように、言葉をつかい反省する主体は死ぬ前にこの地を垣間見ることができるにすぎない。