un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ポール・リクール「解釈について」

 [以下は Paul Ricœur, «De l’interprétation» (dans: Du texte à l’action. Essais d’herméneutique, II, Seuil 1986) の試訳]

 

 私が思うに、三〇年間私を支配してきた諸問題の理念、またそうした問題に対する私の対処法が属している伝統の理念を与えるもっとも適切な方法は、物語の機能に関する私の最近の仕事から始まって、隠喩、精神分析、象徴系やその他関連する諸問題とこの物語の研究との関係を示し、最終的に、私の研究全体が依拠する理論的前提と方法論的前提の両方へ遡ってここでの部分的探求を跡づけることである。このように自分の過去の仕事へと遡る動きによって、私は、ここでの議論の最後に、自分が属している現象学的・解釈学的伝統の諸前提を再び示すことができる。

 

 

I.

  その際、私は、物語の機能について進行中の自分の仕事について幾ばくか述べながら始めることになるだろう。

 三つの主な関心事が現在のところ明らかとなっている。話を物語るというこの行為への探求は、まず第一に極めて一般的な関心に応答しているのだが、その関心は私の著『フロイト論』の最初の章、すなわち言語の様々な使用の完全性、多様性、還元不可能性を保護する章でかつて私が議論したものであった。それゆえ理解され得るのは、〈初めから私は、「うまく作られた言語」がそれだけで言語のあらゆる「非論理的」な使用の意味要求や真理要求を評価できるとする還元主義の類に抵抗するこれらの分析的な哲学に加わってきた〉ということである。

 第二の関心は第一の関心を完成させ、ある意味でこれを鍛え上げるものである。すなわちその関心とは、話の物語りの多様な形式と様態とを一つに集めるという関心である。実際、われわれが受け継いでいる文化の展開を通じても、話の物語という行為は十分に規定された文学ジャンルへとますます絶えず枝分かれしてきている。こうした断片化は、そこに含まれる大きな二分法のために哲学者たちにとって大きな問題を提起している。この二分法は物語的な領域を分割し、徹底した対立を生じさせるのだが、その対立とは、一方で学問において見出される記述的な言説形式の真理要求と比較可能な真理要求を有するナラティヴ(例えば歴史とか、伝記や自伝といった関連する文学ジャンルのようなもの)と、他方で例えば映画や恐らくは絵画や他の彫刻芸術のような言語以外のメディアを利用する物語様態は言うまでもないが、叙事詩、ドラマ、短編や小説といった虚構的なナラティヴとの対立である。

 こうした際限のない断片化と対立して、多様な物語様態とそのジャンルの間の機能的統一が実在することを私は承認している。この点に関し、私の基本的仮説は以下のようなものである。すなわち、あらゆる言語形式の中でも物語り行為によって記しづけられ、組織化され、区分されている人間経験にある共通の特徴は、その時間的性格である。物語られるあらゆるものは時間のうちに生じ、時間をもち、時間的に展開し、また時間のうちで展開するものは物語られ得る。実際、あらゆる時間過程は、それが何らかの仕方で物語られ得る程度に応じてのみ、それとして認知されるのである。物語性と時間性との間にあると推定されるこの相互性が、私の本研究の主題である。こうした問題が現実的かつ潜在的なあらゆる言語使用の広範な射程と比較されるように限定されるとしても、この問題は実際のところ広大である。この問題は一つの見出しの下に、たとえば歴史知識の認識論や、虚構作品に応用される文芸批判や、(宇宙論、物理学、生物学、心理学や社会学へとそれ自体分割される)時間理論のように、たいていは様々な但し書きの下に扱われる数多くの問題を寄せ集める。経験の時間的質を歴史と虚構の両方の共通参照として扱うことによって、私は虚構と歴史と時間を一つの問題とするのである。

 第三の関心が登場するのはここである。この第三の関心は、時間性と物語性という問題系をより扱いやすくする可能性を与えてくれる。つまり、われわれがテクストと呼び得る、文よりも長いディスクールというかの単位へと言語が整序される際、言語それ自体がもっている選択し組織化する能力を検査するという可能性である。実際もしナラティヴが時間経験を(先に用いた三つの動詞を繰り返すなら)しるしづけ、組織化し、区分することであるなら、われわれは、時間経験のこうした限定づけや秩序づけや明示化の必要性を満足させる測定基準を言語使用のうちに見出さねばならない。テクストがわれわれが探し求めている言語的単位であり、この単位が時間経験と物語り行為との適切な媒介となしているということは、概略的ながら以下の仕方で素描され得るだろう。言語の単位としてテクストは、一方で文という目下の意味の最初の単位を拡大したものである。他方でテクストは、あらゆる言語形式のうちでも物語る行為によって生かされる、文を超えた組織化の原則を提供してくれる。

 われわれはアリストテレス以後、かの学科を詩学と呼ぶことができる。その学科は、ディスクールそのものへとつけ加えられる組み立ての法則を扱うものであり、その法則によってナラティヴや詩やエッセーとなるテクストを形成するのである。

 ここで話を作る行為の主要な性格をどう同定するのか、という問題がもちあがる。再度私は、テクストをナラティヴとして成立させるこの一種の言葉の組み立てを指摘するアリストテレスに追従しようと思う。アリストテレスはミュトスという術語を用いることでこの言葉の組み立てを指摘し、このミュトスはこれまで「話」とか「筋」と訳されてきた。アリストテレスは「出来事や話の結合(シュンテーシス)」(1450a5)について語っている。この結合ということによって彼は、語の厳密な意味で構造以上のことを意味しているが、それはすなわち(ポイエーシスやシュンテーシスやシュスターシスのように〈-シス〉で終わることで示唆される通り)操作であり、つまりはについてよりはむしろ筋という形式にもたらすこと(筋立てること)についてわれわれに語らせる構造化である。筋立ては物語られる出来事や行為の選択や並び替えから主に成っており、これらの選択や並び替えが話を始まりと中間と終わりをもった「完全で全体的」(1450b25)なストーリーにする。このことでわれわれが理解しておきたいのは、行為が始められるストーリー以外のところで行為は決して始まらないということである。また、どんな行為も、それが語られるストーリーにおいて運命の変化や、解決されるべき「策謀」や、驚くべき「出来事の転変」や、一連の「哀れむべき」「恐るべき」事件を引き起こさない限り、中間を形成することはない。最終的にどんな行為もそれ自体としてみれば、決して終わりをなさないのだが、それは行為が語られるストーリーのうちで行為の行程を締めくくり、策謀を解き、運命の驚くべき転変を説明し、また全体を明確化しつつ聴衆のうちに憐れみと恐れのカタルシスを生み出す最後の出来事によって主人公の運命を確定することによって初めてなされるのである。

 (叙事詩や民話から近代小説にいたる)フィクションの領域同様、歴史家による歴史(もしくは歴史記述)の領域において私が自身の全探求のガイドラインとするのは、まさにこの筋の観念である。ここで私は、(私の目には)筋の観念を重要なものとしている特徴、すなわちその理解可能性だけを強調することにしたい。筋の理解可能性という性格は以下の仕方で生じてくるものである。つまり、筋はひとまとまりの組み合わせであって、そうした組み合わせによって出来事はストーリーにされる、もしくは相関的に言えば、ストーリーは出来事から作られるのである。筋は出来事とストーリーとを媒介する。この意味は、ストーリーの進展に貢献していないなら何ものも出来事ではないということである。出来事とは単なる生起、起こった何かであるばかりでなく、物語的な構成物でもある。対立関係から脱却するべく筋の射程をさらにもっと拡大し、筋と性格と関係について言われたヘンリー・ジェームスの美学と関連づけつつ、私は〈筋とは状況、目的と手段、主導権や望まれぬ結果をまとめ上げる理解可能な単位である〉と述べようと思う。ルイス・ミンクから表現を借用するなら、筋とは、日常生活において異なったまま、不調和なままの人間行動という構成要素を「まとめるtaking together」もしくは一緒に-置くcom-posing行為である。

 筋のこうした理解可能性という性格から導き出せることは、〈ストーリーを追うことができる能力は理解する能力の非常に洗練された形式をなす〉ということである。

 いまや私は、アリストテレスの筋の観念を歴史記述へと拡大する際に生じる諸問題について、いくらか述べておこうと思う。二つの問題を引用しておこう。

 第一の問題は歴史記述に関わっている。実際、歴史記述は失われた因果について議論しているかのようであり、結果的に〈現代の歴史学はかつての年代記において見出されるナラティヴの性格を保持し続けており、またそうした性格は個々人の力の行使に影響を与える戦闘、条約、分割や一般的には運命の転変を扱う政治史、外交史もしくは教会史によってなされる説明のうちで今日のわれわれの時代まで脈々と続いている〉と主張しているかのようである。(1)第一に、歴史学は年代記といういにしえの形式からのみならず、政治史的なモデルからも隔たっていて、いまや社会史、経済史、文化史、精神史になっているので、もはや歴史学はその基本的な参照項として、日付可能な出来事を生み出すような個人の行為を有していないように思われる。したがって、もはや歴史学は年代記的で因果的な糸を使って出来事を束ねようとはしない。それゆえに歴史は、ストーリーを語ることをやめている。(2)加えて、歴史学は自らの主題を変える際にその方法も変えている。歴史は法則定立的な科学のモデルへと接近してゆこうとしており、そうした科学は一般法則と初期条件の記述とを組み合わせることで自然の出来事を説明する。(3)結果的に、ナラティヴが現在の経験との融合に突き進む語り主の無批判的なパースペクティヴに従属しているのではないかと思われるのに対し、歴史学は、人々によって生み出され遂行された出来事の直接的な理解とは独立した探求である。

 私のテーゼは、歴史学と物語との結び目は人間諸科学のうちにある歴史学の特殊性が失われなければ、破壊され得ないというものである。

 先の三つの議論の順番を逆にしつつ、まず私としては〈基本的な誤りは、筋によってナラティヴに与えられた理解可能性という性格(その性格はアリストテレスが初めて強調したのだった)を認識しそこなっていることから生じている〉と断言しておくつもりである。結び付られていない一連の出来事として把握される、ナイーヴなナラティヴの観念は、歴史の物語的性格に向けられる批判の背後にいつも見出されるものである。物語の挿話的性格が了解される一方、その理解可能性の基盤である統合形象化の性格は忘却される。同時に、ナラティヴによって導入される、ナラティヴそれ自体と生きられた経験との距離が看過されている。生きることと物語ることとの間には、ある溝が開いている。生は生きられ、歴史は物語られる。

 第二に、ナラティヴの基本的な理解可能性が看過される際に、歴史学的な説明行為が、より多く説明するにはよりよく物語られるという意味で、物語的了解に接木されるかもしれない可能性が看過されている。法則定立的なモデルの提導者たちの誤りは、そうした提導者たちが、たいていは他の社会科学から歴史家が借用しているであろう人口統計学や経済学や言語学社会学といった諸法則の性質を誤解しているというよりはむしろ、歴史学における諸法則がどのように働くかについて誤解しているところにある。〈これらの諸法則が歴史的意味を獲得するのは、出来事を筋の展開へと寄与するものとしてすでに特徴づけてきたナラティヴの先行的組織化に、この諸法則がどれくらい接木されるかにかかっている〉ということを彼らは理解しそこなっているのである。

 第三に、出来事史やとりわけ政治史に背を向ける際に、歴史記述は歴史家が主張しているほど物語的歴史から離れてしまっている訳ではない。社会史や経済史や文化史が長期間にわたるスパンの歴史となっているときでさえ、そうした歴史はまだ時間と結び付られていて、最後の状況と初期状況とを結び付ける変化の説明であり続けている。ここでは変化の速さはどうでもよいのである。時間と変化に結び付られている限り、マルクスの言葉によれば、自らが作ったのではない状況のうちで歴史を作る人間行為に歴史は結び付られ続ける。直接的であれ、間接的であれ、いつも歴史は動向、制度、機能、構造の担い手であり、主因であり、犠牲者である人々(彼らは自分自身がこうしたもののうちに置かれていることを見出す)の歴史なのだ。究極的に言って、歴史は行為と絶縁することができず、その行為は行為主や目的や状況や相互作用や意図的な結果と非意図的な結果の両方をそれ自体含んでいるのだから、ナラティヴと完全に絶縁することができない。だが筋は、こうした異質な構成要素をある一つの理解可能な全体性へと組織化する基礎的な物語的統一体である。

 私が言及する予定の第二の問題は、人間経験の時間的背景への指示に関わっており、それは歴史にもフィクションにも共通のものである。

 この問題は重大な困難を抱えている。実際、一方で歴史だけが現実を指示している(この現実が過去の現実であるとしても)。歴史だけが、実際に起こった出来事について語っていると主張しているように思える。[他方で]小説家は、史料やアーカイブによって課される制限に関連した実質的な証拠という重荷を無視することができる。単純化できない非対称性が歴史の現実とフィクションの現実とを対立させているように見える。

 この非対称性を否定するという問いかけはできない。逆に、両者が重なる部分、歴史とフィクションに特徴的な交差する指示様態によって形成される交差配列のかたちを捉えるためにも、この非対称性は認知されなければならない。この場合の歴史とフィクションの交差する指示様態とは、歴史家はフィクションを使って不在の過去について語り、小説家は実際起こったことのように非現実的なことについて語ることである。一方でわれわれは、フィクションはまったく指示しないと述べてはならない。他方でわれわれは、歴史は、経験的記述が現在の現実を指示する野と同じ仕方で歴史的過去を指示すると述べてはならない。フィクションは[現実世界への]指示を欠いていないと述べることは、フィクションを純粋に感情的な役割に統制してしまいかねない極端に狭い指示の捉え方を拒否することである。あらゆる象徴系は、何らかの仕方で現実を形づくることに寄与している。とりわけわれわれが創出する筋は、われわれの混乱し、無形で結局のところ声のない時間経験を形づくるのに役立つ。アウグスティヌスは「時間とは何か」と尋ねた。「もし誰もそれを尋ねないのなら、私はそれを知っているが、誰かがそれを尋ねるなら、私はもはやそれを知らない」。筋の指示機能は、この声なき時間経験を形づくるフィクションの能力のうちにある。われわれはここで、アリストテレスの『詩学』におけるミュトスとミメーシスとのつながりに立ち戻っている。アリストテレスは「話は行為の模倣である」(1450a2)と述べている。

 このような訳で、指示を未決定のままにしておくことは、まさに行為の世界を先行的に理解することと、日々の現実の変形をフィクションそれ自体によって引き起こすこととを媒介する契機でのみあり得る。実際、物語的なフィクションによって練り上げられた行為モデルとすることは、産出的な想像力の仕事から生じる物語の類型論にうまくなじむ実践的領野を先行的に記述するためのモデルである。テクストの世界も世界である以上、そうした世界は、現実世界を強化するか否定するかによってこれを「作り変える」べくこの現実世界と衝突せざるを得ない。しかしながら、もし芸術がわれわれと現実との関係に介入しこれを再調整しないのなら、芸術と現実とのもっともアイロニカルな関係でさえ了解不能となってしまうだろう。もしテクスト世界が現実世界となんらかの対応関係をもたないなら、ヘルダーリンニーチェベンヤミンの二人以前に述べた意味で、言語は「危険」なものでなくなってしまうだろう。

 物語的なフィクションに特徴的な「産出的」指示という逆説的な問題系に関する本稿の簡単な素描はこれくらいにしておこう。本稿で私は問題の概略だけを描いただけで、その解決の概略については描いていないことを告白しておく。

 歴史への並行的なアプローチが要求されている。まさにフィクションが指示を欠いていないように、歴史に特有の指示はフィクション物語の「産出的」な指示と関連している。過去は非現実ではなく、むしろ過去の現実は、語の厳密な意味で言えば検証不可能なのである。かつての現実がもはや実在しない以上、歴史のディスクールはそれを間接的にのみ把握しようとすることができる。コリングウッドがあれほどに力をこめて主張したように、過去の再構成は想像力の仕事なのである。歴史家も、先に言及した歴史と物語とのつながりのお陰で、史料が権威づけるか禁止したりするが、そうした史料自体には決して含まれることのない筋を形成する。この意味で歴史は、資料と整合性をもった物語的一貫性を組み立てる。この複合的な結合は解釈としての歴史の身分を特徴づけている。かくして道は、非対称的であるが同時に間接的で媒介的でもあるフィクションと歴史との指示様態のあらゆる相互関係を積極的に調査することへと開かれる。その内奥の時間次元のうちで人間経験がつねに形成され続けるのは、まさにこの過去への間接的な指示とフクションがもつ産出的な指示との複合的な相互性のお陰である。

 ここで私は、私の目下の研究対象であるこの調査の敷居を示唆することができるにすぎない。

 

 

II

  さて私としては、時の経過のうちでだんだんと鮮烈かつ詳細になり続けている理論的・認識論的諸前提の解明を試みる前に、物語的フィクションに関する私の目下の調査が私の以前の仕事というより広い枠組みのうちのどこに置かれるかについて提起しておく。

 私の見解を二つのグループに分けておこう。第一のグループは、陳述それ自体(この陳述が物語的であろうとも、隠喩的であろうとも)のうちに内在する構造、より適切には「意味」に関わる。第二のグループは陳述の言語外的な「指示」に関わっていて、それ故、[統辞的レベルと意味論的レベルという]両方の陳述の真理要求に関わる。

  われわれとしては、「意味」という第一の審級に留まろう。

 (a)文学の「ジャンル」としてのナラティヴと隠喩的な「文彩」との間には意味の水準でもっとも基本的なつながりがあり、それは、両者がディスクールに属している、つまり文と同じかそれよりも長い単位をともなう言語使用に属しているという事実によって構成されている。

 事実、現代の隠喩研究が獲得したと思われる成果の一つは、の領域からの領域へと分析の焦点をシフトしたことである。アリストテレスの『詩学』に端を発する古典修辞学の定義によれば、隠喩とは、類似を手がかりにしてある物事の日常の名前を別の物事に移すことである。しかしながらこの定義は、意味のこうした「移行」をもたらす操作について何も述べていない。そうした意味の拡大を生じさせる操作を理解するために、われわれは語という枠組みから飛び出して文という水準に進出し、語の水準の隠喩についてよりはむしろ隠喩の陳述について語らなければならない。その際、隠喩は、実際には論理的な主語と並列できない述語がそうした主語に帰属することで成立する言語に関する仕事をなすように思われる。こうしたことによって理解されるべきは、隠喩が変形的な名づけである以前に、独特な述語であり、一貫性を破壊する述語帰属であり、これまで言われてきたように、使用されている用語の日常的な意味、つまり語彙上の意味によって確立されている通りの文の意味論的適切性を破壊する述語帰属であるということである。

 (b)語よりはむしろ文を基準としたこの隠喩の分析、より正確に言うなら変形的な名づけというよりはむしろ特異な述語づけの観点からする隠喩分析は、物語の理論と隠喩の理論とを比較する道を用意する。実際、この両方の道は意味論的革新という現象に関わらざるを得ない。この現象は、物語と隠喩が意味の水準で共通に有しているもっとも根本的な問題を構成している。両方の場合にでも、新奇なもの(まだ語られていないもの、未聞のもの)が突如として言葉のうちに現われてくる。つまり隠喩においては生きた隠喩、すなわち述語づけにおけるあらたな[意味論的な]関与性が、物語においては一つの全体として案出された筋、すなわち筋立てにおけるあらたな調和が現われるのである。しかしながら両方の側でも、人間の創造性は、これを分析可能にしてくれる形式の内部で明らかにされ、またそこに限界づけられることになるだろう。

 (c)さて、もし隠喩と筋立てによって演じられる特権的な役割の背後にある理由について尋ねるなら、われわれは産出的想像力の機能と、その理解可能性の母胎をなす図式化の機能へと向かわねばならない。実際、両方の機能の場合、革新は言語という媒介において生み出されるし、また規則と歩調をあわせて産出する想像力がどのようなものであるかについて何ごとかを明らかにする。規則によって生ずるこの産出が表わされるのは、任意の筋の案出と物語の類型論の蓄積による構成とを継続的に相互交差させることによって筋を構築することにおいてである。あらゆる物語の類型論に内在する諸規範との関連において適合と逸脱とが相互に影響を及ぼし合い、あらたな筋がそこで産出される際、そこにはある弁証法が働いている。

 さて、この弁証法はある対を形成するのだが、それはあらたな隠喩においてあらたな意味論的関与性[隠喩表現と言語外世界との指示関係]が生まれるときである。アリストテレスは「隠喩を使用するに際に適切であることは、類似を識別することによってなされる」(1459a4)と述べた。しかし類似を識別するとはどのようなことか。もしあらたな意味論的関与性が確立するのは陳述が全体として「意味をなす」からだとするなら、類似は親交関係のうちに成立する、すなわち以前は「離れて」いて急に「接近する」ように見える言辞が双方近づけて連結することによって成立する。このように類似は、論理的空間における隔たりの変化のうちに成立する。類似とは、異質な理念の新しい一時的な類縁関係の出現以外の何ものでもない。

 産出的想像力が、双方近づけて連結するこの総合の操作という図式化として働き出すのはまさにここにおいてである。論理的隔たりのうちに変化を生じさせる、つまり双方近づけて連結すること自体のうち変化を生じさせるのは、ディスクールそのものに内在する「見ること」(ぱっと見抜く力)である。見抜くことのこの産出的な性格は述語づけによる同化作用と呼ばれてよいものである。想像力が産出的なものとして適切に意義づけられ得るのは、多義性を拡大させることによって想像力が言辞を、以前は異質であったが、今は互いに類似し、かくして同質なものとするからである。結果的にみれば想像力は、述語づけによる同化作用によってあらたな論理的な質を産み出す力能、能力であり、また同化を拒む言辞に当初、差異があるにもかかわらず、もしくはこの差異のお陰でそうしたあらたな論理的な質を産み出す力能、能力なのである。

 (d)さて、意味論的革新の理解させる性格に力点を置く場合、あらたな並行関係がナラティヴの領野と隠喩の領野の間に見えてくるだろう。先にわれわれは、話を追う活動に含まれる理解の特異な様態について主張し、物語的理解の観点からこれを語った。またわれわれは、法則、一般原因、機能、構造の観点からする歴史学説明行為がこの物語的理解に接木されるというテーゼを主張したのだった。

 理解と説明行為とのこの同じ関係が看取されるのが詩学の領野においてである。詩学の領野であれば、話を追う能力に相当することになる理解の能力は、隠喩的な陳述においてあらたな意味論的関与性が意味論的非関与性という廃虚(これは文の字義通りの読解のうちに現われるのだが)から突如現れることによって、意味論的な力動性が把握される際に成立する。かくして、理解することはディスクールの操作を発揮させたりそれを繰り返したりすることである(この操作によって意味論的革新が伝えられる)。ところで、著者もしくは読者は理解によって隠喩を「作る」のだが、この理解に課されるのが学問的説明行為であって、それは文の力動性とはまったく異なる出発点から始まって、言語体系に属する記号に還元され得ないディスクールという集合体を容認しようとしないものである。かくして音声からテクストまで、言語のあらゆるレベルの構造的同質性という原理を措定することで、隠喩の説明行為は記号を基礎単位とする一般記号論の枠内に押し込められる。記号の組み合わせとして、つまるところ記号論として捉えられる説明行為は、分割不可能でかつ革新を起こすことができる活動としてのディスクールに影響を及ぼす第一次的な理解の基礎の上に築かれている。説明行為によって取り出される物語的構造がちょうど構造化作用(これによって筋が産み出される)の理解を前提としているように、構造的記号論によって取り出される諸構造はディスクールの構造化作用に依拠していて、その力動性と革新の力は隠喩によって明らかにされるのである。

 われわれは本稿の第三節で、説明行為と了解との関係への二重のアプローチがどういう点で解釈学の今日的発展に寄与するかについて述べることになるだろう。[しかし]そのまえに、われわれは、いかに隠喩理論が指示の問題を解明するなかでナラティヴの理論と共謀するかについて述べることになるだろう。

  われわれは先ほどまでの議論の中で、隠喩的陳述の「意味」からその指示を意図的に分離した。つまり隠喩の内的な述語づけ構造から言語外的な実在に到達しているとする要求を、したがって何か真実なことを言っているとする主張をその構造から分離したのだった。

 さて、われわれは物語の機能の研究によって、アリストテレスの『詩学』におけるミュトスとミメーシスとの関係の議論のうちで詩的な指示の問題にすでに直面している。物語の機能は人間の行動を「模倣」するが、それはテクスト[それ自体]を指示する以前に、行動の有意味な構造とその時間的次元をわれわれ自身が先行了解していることをその機能が指示している点においてのみならず、テクストを越えて、筋という想像上の統合形象化と調和するようそうした人間行動の諸構造とその時間的諸次元とを再形成することに寄与している点においてもそうなのである。フィクションは現実を「作り変える」力を有していて、特に物語の機能という枠組みのうちで、われわれが世界と呼ぶであろうあらたな現実の地平をテクストが意図的に目指すのに応じて、現実の実践を作り変える力を有している。行動の世界をあらたに統合形象化し、これを変形させるべく、そうした世界に介入するのがこのテクスト世界なのである。

 われわれは隠喩の研究によって、こうした変形の操作のメカニズムへと深く立ち入ることができ、またフィクションという一般的な用語によってわれわれが指し示す創造的産出力の全体へとこのメカニズムを拡大することができる。隠喩だけがわれわれに知覚させるものとは、詩的な指示がもつ二つの構成的契機のつながりである。

 この二つの契機の第一のものは比較的同定しやすい。言語は、それがわれわれの注意を指示から引き離しメッセージそのものへと向けなおす場合には、つねに詩的な機能を帯びる。ローマン・ヤコブソンの定義にあるように、詩的機能はその指示機能を犠牲にしてメッセージをそれ自体のためだけに強調するのに対し、この指示機能は記述的な言語において支配的である。言語が自ら自身に向かう求心的な運動が、指示機能の遠心的な運動にとって代わると述べてもよい。言語は音と意味の戯れのうちで自ら自身を賛美する。

 とはいえ、それだけのためになされるメッセージに置かれた力点に含意される指示機能の中断は、ディスクールのもっと隠された指示機能の単なる裏面にすぎないか否定的条件にすぎず、この指示機能は、陳述の記述的価値が中断されたときにあたかも解放されるようなものである。直接的な記述的言語ではアクセスすることができず、隠喩的発言とわれわれが日常使用する語の意味を指示通りに侵犯することとの複合的な戯れによってのみ述べられ得る現実の側面や質や価値を、詩的ディスクールが言語にもたらすのはこうしたやり方によってである。自著『生きた隠喩』のうちで、私は、物理化学で使用されているモデルが発見や教授の助けである以上に、まさに理論の意味やその真理要求に組み込まれている場合、そうしたモデルの指示機能と隠喩の指示のこの間接的な機能とを比較したのだった。その際こうしたモデルは、直接的な記述にはアクセス不可能な現実を「再記述する」発見的な力を有している。同様に人は〈詩的言語は、対象言語を経由する直接的な記述を中断するお陰で、世界を再記述する〉と述べるかもしれない。

 隠喩による再記述というこの観念は、先にわれわれが物語的フィクションに割り当てたミメーシスの機能とまさにパラレルになっている。物語的フィクションは行動とその時間的価値の領野のうちで典型的に作動する一方、隠喩による再記述は、世界を住むことができるものにする感覚的価値、情動的価値、美的価値や価値倫理学が言う価値の領野を支配している。

 こうしたやり方でその形をとり始めるのは、隠喩的陳述と物語的ディスクールの両方を含む広大な詩的領域の輪郭である。

 間接的指示というこの理論の哲学的含意は、説明行為と了解との弁証法の哲学的含意と同じくらい重大である。ではこの含意を哲学的解釈学の領野のうちに組み込んでみよう。われわれは暫定的に次のように述べることにしよう。すなわち、われわれが詩的フィクションに配分した現実変形の機能は、われわれが現実を経験主義的な現実と同一視することをやめること、もしくはおなじことだが、われわれが経験を経験主義的な経験と同一視するのをやめることを含んでいると。詩的言語がその優位を引き出すのは、フッサールが生活世界と呼び、ハイデガーが世界内存在と呼んだもののある側面を言語にもたらす自らの能力からである。われわれはまさにこの事実によって、自身の因習的な真理概念を再起動させざるを得なくなり、つまりは真理概念を論理的一貫性や経験的検証にのみ制限することができなくなり、結果的に、フィクションが有する行動を変形することに関連づけられる真理要求が考慮可能となる。まずわれわれが自身の企図全体の哲学的諸前提を明確にしようとする前の段階では、現実や真理についてもうこれ以上述べることはできないし、同様に存在についても疑念を差し挟むことはできない。

 

 

III

  さて、私としては以下の二つの質問に答えておきたいと思う。それは、上の分析によって、私とは異なる哲学伝統で育ってきた読者の念頭に必ずや生じるに違いない質問である。一つ目の質問は、私が自分自身属していると分かっている哲学伝統を特徴づける諸前提はどのようなものかであり、もう一つは、上の分析はどのようにしてこの哲学伝統に適合するのかというものである。

 第一の質問に関し、私はこの哲学伝統を三つの特質によって特徴づけたいと思う。この伝統はまず反省哲学の線上にある。またこれはフッサール現象学の領域のうちに留まっている。そしてこれはこの現象学の解釈学的なバージョンにならんとしている。

 反省哲学ということで私が大まかに言おうとしているのは、デカルト的コギトに端を発し、カントとフランスのカント以後の哲学(海外ではほとんど知られておらず、少なくとも私にとっては、ジャン・ナベールによって衝撃をもって代表されている哲学)を経由して受け継がれた思想の様態である。反省哲学は、認識、意志、価値などの操作の主体としての自己了解の可能性を考えている者たちにとってはもっとも徹底した哲学的問題を考慮している。反省とは自分自身へと立ち返ってゆく作用であり、その作用によって主体は、知的明確さと道徳的責任という契機のうちで、諸々の操作を統合する原理を把握するのである(主体はそうした操作のうちで拡散し、自分自身が主体であることを忘却してしまう)。「〈われ思う〉は、私の表象すべてに伴うことができなければならない」とカントは述べている。すべての反省哲学者は、この定式化において自分自身を認知していることであろう。

 しかし、〈われ思う〉はどのようにして自分自身を認知するのか。現象学(そしてとりわけ解釈学)がまさに反省哲学のプログラムの実現と徹底的な改変の両方を行うのはここである。実際、反省という理念は、絶対的な透明性、反省する自己と反省される自己との完全な一致への欲望をもっていて、この一致によって自己意識は疑い得ない知となり、そのようなものとして他のどんな肯定的な知よりも根本的なものとなるであろう。まず現象学が、その後に解釈学がはるか遠くの地平まで投企するのはまさにこの根本的な要求である(哲学がこの要求を満足させることのできる思想の道具を自分自身に供給し続けるのなら)。

 かくしてフッサールは、フィヒテを想起させる観念論によってもっとも明証的なかたちでしるしづけられた自らの理論的諸著作のうちで、事物の本質の点や(知覚的、想像的、知性的、意志的、価値倫理学的などの)経験を組織化する根本的な様態という点での記述の方法として現象学を捉えるのみならず、最高度に複合的な知的明瞭性のうちでの徹底した自己の基礎づけとしても現象学を捉えている。その際フッサールは、自然的態度に適応される還元もしくはエポケーのうちに意味の帝国の征服をみており、この意味の帝国から物自体に関わるあらゆる問いをカッコ入れによって排除するのである。かくしてあらゆる〈事の真相問題〉から解放された意味の帝国こそが、現象学的経験の特権化された領域を形成し、もっとも優れた直観の領野を形成する。カントを飛び越してデカルトに戻ることで、フッサールは、超越のあらゆる危惧は疑いに開かれているが、自己-内在は揺るぎないと考えている。現象学が反省哲学に留まるのは、まさにこの断言のお陰である。

 しかしながら、現象学がどのような理論を自ら自身に適応し、その究極的な主張に適応しようとも、現象学はその実際の運用において、主体が自分自身に対し透明になることでかくも徹底的に基礎づけられるという夢(この夢を実現しようというよりはむしろ)からすでに距離をとっている。現象学的還元それ自体の内部での現象学の偉大な発見は志向性であって、これはすなわちもっとも専門的ではない意味において、自己意識を超えたところにある、何かについての意識の優位のことである。しかしながら、この志向性の定義はまだありきたりである。その厳密な意味において志向性は、〈何かを志向するという作用は、志向された意味フッサールが「ノエマ」もしくは「ノエシス志向性の志向的相関項」と呼んだもの)の同定可能で再同定可能な統一体を通じてのみ達成される〉ことを意味している。その上このノエマには、フッサールが「構成」(事物の構成、空間の構成、時間の構成など)と定義づけた総合作用から導き出される様々な層が積み重ねられる。いまや現象学の具体的な仕事は、とりわけ「事物」の構成に精力を傾ける研究において、(遡行を経由して)いつもよりいっそう基礎的な水準を解明し、そうした水準では能動的な総合はいっそう徹底的な受動的総合をたえず参照しているのである。このように現象学は、「遡及的な問いかけ」という無限の運動において最新のものとされ、この問いかけにおいて徹底的な自己基礎づけという自らの企図は消失する。生活世界に当てられた最近の仕事でさえ、永遠に到達されない直接性の地平をこの用語によって指し示している。生活世界とは決して実際に与えられているのではなく、つねに前提にされているのだ。生活世界とは、現象学楽園喪失である。この意味で、現象学はまさに自らの主導的理念を実現する試みの中で、この理念の基盤を崩してしまったのである。こうしたことが、フッサールの仕事にその悲劇的な壮大さを与えている。

 考慮されたこの逆説的な帰結によってわれわれが理解できるのは、解釈学がいかにして現象学に接木され得たのか、また現象学がそのデカルト的理想とフィヒテ的理想と一緒に有していたのと同じ二重の関係を解釈学が現象学に対していかにもつことができたのかということである。解釈学の先行者たちは、当初、解釈学を反省の伝統や現象学的な企図から切り離しているように思える。事実、解釈学はシュライエルマッハーの時代に生まれ(もしくは再生し)、聖書釈義と伝統的な文献学と法解釈の融合の時代に生まれたのだった。いくつかの異なった学科がこのように融合することが可能となったのは、あれやこれやのテクストの意味や(神聖なテクストや世俗のテクスト、詩的なテクストや法律のテクストといった)あれやこれやのテクストのカテゴリーの問い以上に、理解するとはそもそもどういうことかの問いに優位を与えたコペルニクス的転回のお陰である。この理解の探求は、一世紀の後に、優れて現象学的な問い、すなわちノエシス作用が有する志向的な意味の探求と出くわすことになった。なるほど、解釈学は具体的な現象学のものとは異なる関心を抱き続けてきた。現象学が認知や知覚の次元で意味の問いを提起する傾向があったのに対し、解釈学は、ディルタイ以来、こうした問いの代わりに歴史学や人文諸科学の次元で意味の問いを提起してきた。しかし両陣営とも根本的な問いは同じであり、つまるところ意味自己との関係の問い、意味の了解可能性と自己の反省的性質との関係の問いを提起してきたのである。

 解釈学がもつ現象学的な根は、テクストの了解と、意識による意味への志向的関係(これによって意識は自分自身と向き合わされていることに気づく)とのまさに一般的類縁関係に限定される訳ではない。現象学が自分自身に刃を向けることになった生活世界という主題は、ハイデガー以後の解釈学によって、もはや使い残しの何かとしてではなく先行的な条件として応用されている。われわれはまず自分が属し、そこに参与する以外にない世界のうちに自ら自身を見出すがゆえに、われわれは第二の動きとして、自分自身に対立する客体(われわれはこれを知的に構成し支配しようとする)を立てることができる。ハイデガーにとっての了解は、ある存在論的な意義をもっている。了解とは世界に被投された存在者の応答であり、そうした存在者は自分固有の可能性を世界に企投することによってそのうちでやってゆく方法を見出すのである。テクスト解釈という技術的な意味での解釈はこれを展開した意味でしかなく、この存在論的了解、つまりそもそも世界に被投されている存在者からけっして分離できない了解を明確にすることでしかない。かくして、フッサールが依拠し続けた主体-客体関係は、どんな認識の関係よりも基礎的な存在論的つながりという証言の下に置かれる。

解釈学による現象学のこうした転覆は、別の転覆行為を要求する。すなわち、かの有名な「還元」(これによってフッサールは、自然的意識が没入している実在という背景から「意味」を分離する)はもはや第一義な哲学の動きとはみなされ得なくなる。かくして還元は派生的な認識論上の意味を帯びる。つまり還元は二番目にくる距離化の動きであり、この意味で、了解の第一義的な根づきを忘却させる動きであり、一般的な認識と学問的な認識の両方に特徴的な客観化の操作すべてを要求する動きである。しかしながら、われわれが客体を判断し自らの知的統御や技術的統御の下に客体を置こうとして自分自身と対立する客体を設定し得る主体となる以前に、実は世界に属してしまっているということのお陰で、この距離化は参与としての巻き込まれを前提にしている。このようにしてハイデガー的な解釈学とハイデガー以後の解釈学は、実際にはフッサール現象学を受け継いでいるのだが、これらの解釈学がこの現象学を実際に実現している限りにおいて結果的にはこの現象学を転倒させている。

 こうした転倒の哲学的帰結は重大なものである。しかしながら、もしわれわれが基礎的な主体の自己透明性をないものとしてしまう、存在の有限的性格を強調してばかりいると、この帰結は見えてこない。有限的なものという理念はそれ自体野暮ったく、ありきたりのものですらある。せいぜいのところ、有限性は反省部門のあらゆる高慢や、主体が自ら自身の上に自らを基礎づけるためになすであろう主張の拒否を否定的な言葉で単に言い表しているにすぎない。どんな基礎的企投、どんな究極的正当化の試みについても世界内存在が先行しているということの発見がその完全な力を帯びるのは、われわれが認識論のためにあらたな了解の存在論がもつ肯定的な結論を引き出すときである。私が本稿の第三節の最初で掲げた第一の問いに答えて、第二の問いと関連づけようとするのは、まさにこうした認識論的帰結を引き出すことにおいてである。これらの認識論的帰結は以下のようにまとめることができる。すなわち、記号や象徴やテクストによって媒介されない自己了解は存在せず、最終的に了解はこれらの媒介項に与えられる解釈と一致する、というものである。解釈学はある立場から別の立場へと移行する中で、フッサールかかつて現象学と同一視しようとした観念論から徐々に解放されている。では、われわれとしてはこの解放の段階をたどることにしよう。

 記号による媒介。それはすなわち、あらゆる人間経験の第一義的な条件である言語のことである。[言語によって]知覚は分節化され、欲求は分節化される。これはヘーゲルが『精神現象学』の中ですでに示したことである。フロイトはここから別の帰結を引き出した。それは、言語の明晰性にもたらされることができないほど深く埋没し、隠蔽され、歪曲された情動的経験など存在せず、また言語の領域にアクセスできる欲求のお陰で、その欲求独自の意味においてかくも明らかにされる情動的な経験も存在しないという帰結である。面談によるケアとしての精神分析は、まさに欲求と会話との第一義的な近似性というこの仮説に依拠している。会話はそれが発話される以前に聞かれるものであるから、自己から自己自身への最短の道は、記号の開放空間を通行できるよう私を導く他者の会話のうちにある。

 象徴による媒介。この定義によって私が意味するのは、伝統文化が宇宙の「諸要素」(火、水、風、土など)とその次元(高さや深さなど)を名づけに接木してきた二重の意味をもつあの表現のことである。これら二重の意味をもつ表現はそれ自体、もっとも普遍的な象徴へと階層的に秩序づけられている。その際、ある特定の文化に属している象徴もあれば、結果的に一人の思想家、もしくはただ一冊の著作の創造による象徴もある。後者の場合、象徴はまとまって生きた隠喩となる。しかしながら一方で、最終的な分析において人間性に共通の象徴的地盤に根ざしていない象徴的創造など恐らくは存在しない。かつて私自身、悪しき意志についての反省の中で、穢れや堕落や逸脱といったなんらかの二重の意味をもつ表現のこうした媒介の役割すべてに基づいた「悪の象徴系」を素描したことがある。当時、私は解釈学を象徴の解釈にまで切り詰めるところにまで、つまりこうした二重の意味の表現の第二の(しばしば隠された)意味を解明することに切り詰めるところまで行ったのであった。

 今日では、象徴の解釈からするこの解釈学の定義は狭すぎる。そのように言えるのは、象徴による媒介からテクストによる媒介へとわれわれを導く二つの理由からである。まず、伝統的なものであろうと個人的なものであろうと、どんな象徴も適切なコンテクスト(例えば詩のテクスト全体の枠組み)の外部で自らの多様な意味の大元を開示することはできないということに私は気がついた。次に同一の象徴も、その解釈が象徴系を字義通りの基盤や無意識的な富やその社会的な動機に切り詰めようとしているのか、それとも多様な意味の最高度の力と一緒になってその象徴系を増幅しようとしているのかに応じて、競合する(それどころかまったく対立する)諸解釈を生み出し得る。ある場合では解釈学は、象徴系の内部に隠されている公言されていない力を暴露することでその象徴系の脱神秘化を狙っている。また別の場合では解釈学は、そのもっとも豊かで、もっとも洗練され、もっとも精神的な多様性において意味を再び想起しようと狙っている。しかし、先の諸解釈の葛藤はテクストの水準でも見出される。

 このことから帰結するのは、解釈学はもはや単に象徴の解釈という言い方では定義され得ないということである。とはいえこの定義は、経験の言語的性格というまさに一般的認知とテクスト解釈からの解釈学のより技術的な定義とを分離する段階としては、少なくとも保持されるべきである。もっと大きなことは、解釈学のこの仲介的な定義が、文化(われわれは文化のうちで実存となると同時に発話となっている)によって伝承された象徴の宝庫全体という迂回路をとるよう自己了解に迫ることで、直観的な自己知の幻想を消し去る手助けをしてくれるということである。

 最後に、テクストによる媒介。一見するとこの媒介は、単純に口語的で非言語的ですらあり得る記号や象徴による媒介以上に限定されているように思える。テクストによる媒介は、口語文化を損なうことで解釈の領域を書くことや文芸に限定することのように思える。それは正しい。しかし、こうした限定化がその外部でなにかを失ったとしても、その内密度の点では得るものがある。実際、書くことはディスクールに対し新しい独自の富を開示する。書くことのお陰でディスクールは、三重の意味論的自律性を獲得する。すなわち話し手の意図に関する自律性、その当初の聞き手による受容に関する自律性、そして書くという生産行為の経済的、社会的、文化的状況に関する自律性である。書くことが対面的な対話の限界から自ら自身を引き離し、ディスクールそのものがテクストになるための条件となるのは、まさにこの意味においてである。解釈学にこそ、このテクストになるという含意を解釈作業のために探求してやる課題が求められる。

 以上のことすべての中でももっとも重要な帰結は、主体が自分自身に透明であるというデカルト的理念とフィヒテ的理念(そしてある程度はフッサール的理念)に終止符が打たれたということである。自分自身を理解するということは、自分自身をテクストに向かい合う者として理解することであり、まず読解を遂行させるものであるよりかは、そこから自己の条件を受け取ることである。かくして、自己の自己に対する原初的現前性という意味において第一義的なものは、著者の主観性でもなければ読者の主観性でもない。

 いったん主観性の優位から開放されてしまえば、解釈学の第一の課題は何になるのだろうか。私の考えでは、一方で作品の構造化を支配している内的な力動性をテクストそのものに求めること、他方で作品それ自体をその外部へと企投し、テクストによって指示される真に「事柄」であるような世界を生じさせる作品の力をテクストそのものに求めることである。この内的な力動性と外部への企投は、私がテクストの仕事と呼ぶものを作り出す。この二つの仕事を再構成してやることが解釈学の課題である。

 われわれはこれまでたどってきた道を振り返ることができる。それは、第一の前提、つまり反省性としての哲学という前提から第二の現象学としての哲学という前提を経由して、最初は記号、次に象徴、最後にテクストによる媒介という第三の前提にまでわれわれを導いてきた。

 解釈学的哲学とは、この長き迂回路を全面的に受け入れ、またもや反省が自己自身に対する絶対的主体の透明性において知性的直観にならんとする果てに、全体的媒介という夢をあきらめる哲学のことである。

 いまや私は最後の結論として、本稿の第三節冒頭で掲げられた第二の問いに対し答えることができる。もし私の仕事が属している伝統に特徴的な前提が上記のようなものであるなら、私の見解では、私の仕事はこの伝統の展開のどこに位置するであろうか。

 この問いに答えるに当たって、私がしなければならないことは、私がついさっき解釈学の課題について与えた最新の定義を、本論文集第二部の二つの論文で到達された結論と関連づけることだけである。

 解釈学の課題は二つあるとわれわれはついさっき述べた。それはテクストの内的な力動性を再構成することと、私が住み得る世界を提示することの内で、作品それ自体を作品の外部へと企投する能力を作品に取り戻してやることである。

 私が作品の「意味」と呼んだ水準で、了解と説明行為の相互関係に向けられた私の分析はすべて、第一の課題と関連しているように思われる。隠喩と同様、物語に関する私の分析において、私は二つの戦線で戦っている。すなわち一方の戦線で私は、直接的な了解を主張する非合理主義を受け入れることができない。そうした非合理主義は直接的な了解が共感をテクストの領野へと拡大適用すると捉えていて、その共感によって主体は、あたかも対面的な密度を有する状況にいるかのように、よそよそしい意識の場に自ら自身を置くのである。共感のこの不当な拡大適用は、著者の主観性と読者の主観性という、作品によって含意される二つの主観性の合致という直接的なつながりに関するロマン主義的幻想を保持している。しかしながら[他方の戦線で]私は、ディスクールに特徴的なのではなく言語それ自体に特徴的である記号体系の構造分析をテクストにまで拡大してしまうような合理主義的な説明を先と同様に受け入れることができない。同じく不当なこの拡大は、テクストそれ自体で閉じていて、著者と読者の主観性から完全に独立したテクストの客観性という実証主義的幻想を生じさせる。ロマン主義的幻想と構造主義幻想というこれら一面的な態度に対し、私は了解と説明行為の弁証法を対置してきた。了解ということで私が意味するのは、テクストによって遂行される構造化の働きをもう一度自分自身のうちに取り込む能力のことであり、説明行為ということで意味するのは、読者と一緒になって完遂されるこの構造化の働きの基底にある諸コードを解明する第二度の操作のことで、それは先の了解に接木されるのである。了解を共感へ、説明行為を抽象的な組み合わせの体系へと切り詰めることに対して二つの別々の戦線でなされているこの戦闘によってわれわれは、テクストに内在する「意味」の水準で、まさに了解と説明行為のこの弁証法によって解釈を定義するようになる。解釈学の第一の課題に応答すること特別の流儀は、私のみるところでは、哲学と人間諸科学との対話、すなわち私が拒否するところの了解と説明行為という見せかけの形式によって妨害されている対話を保持しているという顕著な利点を与えてくれる。こうしたことが、私がいま従事している解釈学的哲学への私の第一の貢献になると思われる。

 以上、私が記してきたことの中で私は、ディルタイマックス・ウェーバーの伝統のうちにある、認識論的な使用に限定された理解Verstehenの理論を背景として、隠喩的な陳述や物語の筋の意味に関する私の分析を際立たせてきたのであった。隠喩的陳述や物語の筋に適用される「意味」と「指示」との相違によって、私は、これまでのところから解釈学的哲学によって確立されたものに自分を暫定的に限定する権利を受け取る。この哲学的解釈学は、了解の認識論的理論を存在論的理論に従属させるという意味での、ハイデガーやガダマーにおけるその展開によっては何の影響も受けていないように思われる。私としては、哲学と人間諸科学との対話を含んでいる認識論的段階を無視したくはないし、これ以降、主体とその主体に対抗する客体とのあらゆる関係に先行する世界内存在と参与的帰属を強調する解釈学的問題系へのこうした移行を看過したくもない。

 私としては、隠喩的陳述と物語の筋の「指示」に関する私の分析を、まさにこのあらたな解釈学的存在論を背景として際立たせたいのだ。私は、これらの分析が〈ディスクールはけっしてそれ自体のために、それ自身の栄光のために存在するのでなく、それが使用される際にはつねに、このディスクールに先行し自ら語られることを求める世界内存在の/における経験や生活様式を言語にもたらそうとしている〉という確信をたえず前提にしていることを進んで告白する。われわれの実際の語りに先行して存在する、つねに語られるよう要求されているのだという確信こそ、言語の詩的使用のうちにそうした使用にふさわしい指示様態を発見しようとする私の執拗さを説明してくれるものであり、こうした確信を通じてディスクールは、自己賞賛のために自分自身に引きこもってしまうかに思える場合ですら、存在を「語り」続けるのである。言語をそれ自体で閉じたものにしないよう強烈に固執することこそ、私がハイデガーの『存在と時間』とガダマーの『真理と方法』から受け継いだものである。しかしながら逆に、隠喩的陳述と物語的陳述の指示について私が提起する記述がこの存在論的熱情に(ともするとそれが欠いているかもしれない)分析的な精密さを与えてやるのだと私は信じたいと思う。

 事実、一方で、私が言語理論のうちで存在論的熱情とついさっき呼んだものこそ、隠喩的陳述がもつ指示要求に存在論的次元を与えるよう私を導くのである。つまりこのやり方で私は、あるものを~と見ることは、そのものの〈として存在〉を明確化することであるとあえて述べようというのである。私は「~として」を動詞「存在する」の解説者の地位に据え、「として存在」を隠喩的陳述の究極的な指示対象とする。このテーゼは、明らかにハイデガー以後の存在論を示している。だが他方で私のみるところ、として存在という証しは、ディスクールの指示様態に関する詳細な研究から切り離すことができず、ローマン・ヤコブソンからとられた「分割された指示」という概念に基づいて間接的な指示に関する適切な分析的扱いを要求する。物語的作品のミメーシスに関する私のテーゼと、詩による行為の世界の先行形象化、統合形象化、変形形象化transfigurationという三つのミメーシスの段階の差異は、分析的な精密さと存在論的な証しとを結びつける同一の関心を表わしている。

 先に私が表明した関心は、以前に言及した、私的な発話のうちに内在している力動性の水準では了解と説明行為とを対立させないというもう一つ別の関心に私を連れ戻す。まとめるなら、これら二つの関心は、〈解釈学的哲学の進展のうちで仕事をしながら、どれほど小さな方法であろうと、私は分析的な哲学者たちにこの解釈学的哲学への関心を引き起こすことに貢献する〉という希望を際立たせるのである。