un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ポール・リクール「物語り性と現象学と解釈学」

  [以下はPaul Ricœur, “Narrativité, Phénoménologie et Herméneutique” (dans Encyclopédie Philosophique universelle. t.1, L’Univers Philosophique, Paris: PUF 1989, p.63-71.) の試訳]

 

 

 三〇年来私の関心事である諸問題に見当をつけ、またこれらの問題を私が扱うに際してかかわった伝統に見当をつけるに当たって、もっとも適切な方法は、物語ることの機能にかんして私が目下なしている研究から始めて、つぎに隠喩、心理分析、象徴学や関連する他の諸問題にかんする私の以前の仕事とこの研究との親和性を示し、最後にこうした探求を私の研究全体の基礎となる理論的かつ方法論的な前提へと高めることであるように思われる。このように私自身の著作を逆行することによって、私がかかわっている現象学や解釈学の伝統の諸前提を私の論述の最後にもってくることが可能となり、私の分析がどのようにしてこの伝統を継続させ、訂正すると同時に時には問いに付すのかを示すことができる。

 

 1. 物語りの機能

   まず、物語りの機能にかんする私の仕事について幾つか述べておこう。

  ここで三つの大きな関心事が明らかとなる。まず、物語るという行為についてのこの探求は、きわめて一般的な気づかいと対応しており、最近のところで言えば、言語使用の奥行きや多様性や融通の利かなさを保証する拙著『フロイトと哲学』の第一章において私はこの気づかいを解明したことがある。このことから、「整備された言語」は言語のあらゆる非「論理的」使用の意味請求と真理請求を測定できなければならないという還元主義に反対する分析哲学の人たちと私が結びついていることがわかるだろう。

  第二の気づかいは先の気づかいを補完しかつ何らかの仕方で緩和するものであり、物語るという作用のばらばらな諸形式や諸様態をひとまとめにする気づかいである。じっさい、われわれがその遺産を受け継いでいる文化の発展過程で、物語る行為はまずます特定化されている文学ジャンルにおいて枝分かれし続けてきた。こうした物語る行為の分散は哲学者たちに大きな問題を提起している。それは、物語りの領域を共有してはいるが、一方で科学の著作に出てくる記述的ディスクールに比肩し得るような真理請求をする物語――たとえば歴史学や、これと関係する伝記や自伝といった文学ジャンル――と、他方でたとえば映画や、最終的には絵画や他の造形芸術といった言語以外の媒体を使用する物語様態については述べないにしても、叙事詩やドラマや小説のようなフィクション物語とを大まかに対立させる大きな二分法があるからである。このような終わりなき分断に反対して、私は物語りの多様な様態とジャンルの間には機能の上での統一性があるという仮説を立てている。こうした見方での私の基本仮説は、〈あらゆる物語り形式のもとで物語る行為がしるしづけ、分節化し、明確化する人間経験に共通の性格は、その時間的性格である〉というものである。物語られたことはすべて時間のうちで生起し、時間がかかり、時間的に展開する。また時間のうちで行為を繰りひろげる者は物語られ得る。おそらくは、どんな時間的プロセスでさえも、何らかの仕方で物語られ得る限りにおいてそのようなものとして認められるのではないだろうか。物語り性と時間性との間に想定されるこの相互性は、『時間と物語』の主題である。言語のじっさいの使用やそのポテンシャルの広大な広がりと比べてこの問題がどれほど限定されていようとも、じっさいこの物語性と時間性の問題は巨大なものである。歴史学的知識の認識論やフィクション作品に適用される文芸批評や時間理論(これ自体は宇宙論、物理学、生物学、心理学や社会学へと分散してゆく)といったさまざまな項目のもとで通常扱われている諸問題を、この問題はそれ独自の権限でひとまとめにするのである。経験の時間的性質を歴史学とフィクションに共通の参照項として扱いながら、私はフィクションと歴史と時間を独自に問題化している。

  時間性と物語り性の問題系をより扱いやすくする可能性を切り開く第三の気づかいが介入してくるのはこの地点においてである。この気づかいは、言語が文よりも長いテクストと呼びうるディスクールの統一体のうちで秩序づけられている場合に、その言語そのものに備わる選択と組織化の能力を検証するものである。じっさい、もし物語り性が時間的経験を――さきに使った三つの動詞を再び用いるなら――しるしづけ、分節化し、明確化するなら、この限界づけや整備や説明の欲求を満たしてやる測定原器を言語使用のうちに探し出さねばならない。テクストは言語学的に探求する場合の統一体であり、時間的経験と物語的行為とを適切に媒介するものをなしているのだが、こうしたことは以下の仕方で簡単に素描されるだろう。一方で、言語学的統一体としてのテクストは、文であったりバンヴェニストが言う意味でのディスクールの審級であったりする実際の意味作用の最初の統一体を拡張したものである。他方、テクストはあらゆる形式を駆使してなされる物語り行為によって展開される文を越えた組織化の原理をもたらすものである。

  ディスクールの審級で付け足される組み立ての諸法則――これによってテクストは物語や韻文やエッセーとみなされる――を扱う学科を、アリストテレスに倣って詩学と呼ぶことができるだろう。

 それゆえ提起される問いは、物語制作の行為の主要な特徴を同定することである。私はテクストを物語にする一種の言葉の組み立てを再びアリストテレスに任せようと思う。アリストテレスは、「話」とか「筋」と訳されてきたミュトスという用語でこの言葉の組み立てを示している。「ここで私は、なされた行為の組み合わせ(σύνθεσιςもしくは別の文脈ではσνστασις)と呼ぶ」(1450a5, a15)。このことによってアリストテレスは、言葉の静的な意味では構造だが、(ποιησιςσύνθεσιςσνστασις-σιςという語尾が暗示しているように)操作を、つまり筋というよりはむしろ「筋立て」呼ばれることを要求する構造化を理解している。筋立ては物語られた出来事や行為の選択や整理のうちで原理的に行われ、こうした選択や整理によって作り話から始まり、中間、終わりをもった一篇の「完全でまとまった」話histoireができる。このことから、どんな行為もそれが開始点となる話のうち以外では始まりとならないことを理解しておこう。またどんな行為も、もしそれが運命の転変や解決されるべき「問題の核心」や驚くべき「どんでん返し」や一連の「痛ましい」事件や「ぞっとするような」事件を話のうちで引き起こす以外に、もはや中間にならないことを理解しよう。最後に、もし行為が物語られた話にあるものとして行為の過程に終止符をうち、問題の核心を解決し、再会によって予期せぬ出来事を埋め合わせ、行為のすべてを明確にする究極の出来事によって主人公の運命を強化し、痛ましさや恐怖のカタルシスを聴衆に呼び起こすのでないならば、どんな行為も終わりとはならないことを理解しよう。

  私はこの観念を(叙事詩や大衆童話から現代の小説までの)フィクションの秩序においてと同様、歴史家の歴史の秩序において探求の導きの糸とみなす。ここで私は、筋の観念、すなわちその理解可能性に上で述べたような多産性を付与しているように思える特徴を述べるにとどめるつもりである。以下の仕方で、筋の理解可能性にかんする特徴が示されるだろう。筋とは組み合わせの総体であり、この組み合わせによって出来事は話へと移行するかもしくは――これに相関して――話は出来事から引き出される。筋とは出来事と話の媒介者なのである。これが意味するのは、話の進行に貢献しない出来事など存在しないということである。出来事は生起、起こった何事かであるのみならず、物語り的構成要素でもある。私はさらに筋の領域を拡大して、〈筋は状況、目的、手段、イニシアティブ、意図されぬ結果を組み立てる理解可能な統一体である〉と言うことにしよう。私がルイス・ミンクに負っている表現によれば、日常経験において異質で不調和なものでありつづける人間行為のそうした内実を「統合把握prendre ensemble」――com-poser――する行為である。筋のこの理解可能性という性格から導き出せる結論は、〈話についてゆく能力は理解のきわめて入念な形式をなす〉ということである。

  アリストテレスの筋の観念を歴史記述に拡大する場合に提起される諸問題について、これからいくつか述べておこうと思う。これについては三点ほど引用するつもりである。第一の点は学問の歴史と物語の間の関係にかかわる。じっさい、古代の年代記のうちに見出される物語り的性格で、特定の個人による能力の遂行に影響を与える戦闘や条約や分配や一般に運命の転変を物語る政治史なり外交史なり教会史のうちに今日にいたるまで残っている物語り的性格を現代の歴史学は保持してきたと主張する立場は失われているように思える。

  私のテーゼは〈歴史学と物語との関係は、歴史学が人文諸科学の中でその独自性を失わない限り破棄され得ないのではないか〉というものである。まず第一に、歴史と物語を対立させる人々の根本的な誤りは、アリストテレスが真っ先に強調した筋が物語に与える理解可能性という性格を誤解しているところから生じていると述べることにしよう。出来事の首尾一貫しないまとまりといったような物語の素朴な観念は、いつも歴史の物語り的性格を批判するさいの背景に見出される。そうした批判によってはエピソード的性格のみが理解され、物語りの理解可能性の根本である統合形象化された性格は忘れられている。それと同時に、物語が自分自身と生きた経験の間に設定する距離が誤解されている。生きることと物語ることの間には、それがどんなに些細なものであろうとも、ある断絶が生じている。生は体験され、歴史は物語られる。

  第二に、物語の根本であるこの理解可能性を誤解してしまえば、歴史学的説明がどのようにして物語り的理解に接木されるようになり、それによって多くを説明しつつよりよく物語るのかが理解できなくなる。法則定立的モデルの支持者たちの誤りは、歴史家が人口統計学や経済学や言語学社会学といったもっとも進んでいる他の社会諸科学から拝借している法則の本性をこの支持者たちが取り違えているのではなく、そうした法則の機能を取り違えていることにある。さきに出来事を筋のプロセスに付属するものとみなした物語りによる事前の組織化に接木される限りにおいて、この法則は歴史学的意味作用を発動させるのだが、このことを法則定立モデルの支持者は理解していない。

  第三に歴史記述は、歴史家が主張しているほど物語り的歴史から遠ざかってないし、出来事史や原理的には政治史から遠ざかっていない。歴史が長期持続の歴史になり、社会史や経済史や文化史になったとしても、歴史は時間と結びつけられ続けているし、最初の状況と最後の状況とを関連づける変化を説明している。変化のスピードが事態を変えるわけではない。変化は、マルクスの言葉によれば、自らが作ったのではない環境において歴史をなす人々の行為と結びつけられ続けている。直接的にしろ間接的にしろ、歴史とは伝達者、行為主また自らがはめ込まれている暴力や制度や機構や構造の犠牲者である人々の歴史である。歴史は行為主や目的や環境や相互行為や意図されたりされなかった結果を含む行為との関係が切れないのだから、最終的な権限において物語との関係を絶対に破棄することができない。ちなみに、筋とはこうした異質の内容物を理解可能な全体へと組み上げる物語り的根本統一である。

  第二の問題群は、大衆童話や叙事詩から現代の小説にいたるまでのフィクション物語の分析において、筋の観念が妥当であるかどうかにかかわっている。この妥当性は、対立する方向を有しているが相互に補完しあっている二つの攻撃のもとにある。

  物語のうわべの年代記[的性格]を不当に高めてやっているように見られている物語解釈に向けられた構造主義者の攻撃は脇にどけておこう。私は別のところで、物語的テクストの深層にある文法のレベルでは有効な「無時系列的」論理を筋が属する表層のダイナミズムに従属させよという要求を論じたことがある。対立した方向を有してはいるが相互に補完しあっている[構造主義とは別の]攻撃に注目してみたい。

  大衆童謡や伝統的物語の領域のうちでは構造主義の分析はうまくいったが、そうした構造主義とは逆に、多くの文芸批評家は現代小説の進化から議論を引き出し、伝統から受け取った規範や範例、またそうしたものの中でも一九世紀の小説から受け継いだ筋の類型に衝撃を与える実験をエクリチュールのうちにみている。[現代小説という]エクリチュールからの異議は、〈筋のあらゆる観念は消滅し、物語的事実の記述のうちでは適切であった自らの価値を失っている〉という点にすらいたっている。

  こうした反論に対し、私は範例――それがどんなものであれ――と一個の作品との間の関係が誤解されていると答える。われわれが範例と呼ぶものは、物語の実践それ自体の沈殿から生じてきた筋立ての型である。ここでわれわれはある根本的な現象に、すなわち革新と沈殿との間の入れ替わりの現象に触れている。この現象は伝統と呼ばれているものを構成し、物語の図式が有する歴史的性格のうちにそのまま含まれている。こうした革新と沈殿の入れ替わりが、先の反論が取り上げた逸脱という現象を可能にする。しかし、逸脱そのものは、芸術家が興奮させたりがっかりさせようとする期待の読者のもとで創造される伝統文化を基礎としてのみ可能となる。ちなみにこの皮肉な関係は、空虚な範例の全体のうちでどうやって始まるというのか。実のところ、私がはるかさき心ゆくまで理解しようと思っている前提によって思考可能となるのは、徹底したアノミーではなく、ただ規則との戯れだけである。規則に従った想像だけが思考可能なのである。

  私が取り上げようと思っている第三の問題は、人間経験の時間的基礎ではたらく歴史とフィクションに共通の指示にかんするものである。

  問題は大きな困難を伴っている。実際、一方で歴史学だけが実在――この実在が過去の実在であるにせよ――を指示しているように思える。歴史学だけが、実際に生起した出来事について語ると主張しているように思える。[他方で]小説家は、史料やアーカイブという強制力と結びついた物質的検証の責務を無視している。いかんともしがたい非対称が歴史的実在とフィクションの非実在とを対立させるようにみえる。

  こうした非対称を否定することが問われているのではない。逆にこの非対称を足場にして、歴史とフィクションが有する二つの指示様態の交叉ないし交錯に気づかねばならない。一方で、フィクションは指示をもたないと述べてはならない。他方で、経験的記述が今ある実在を指示しているのと同じやり方で、歴史学は歴史的過去を指示していると述べてはならない。

  フィクションは指示をもつと述べることは、フィクションを純粋に感情的な役割におし戻しかねない指示の偏狭な発想を遠ざけてくれる。どんな象徴の体系も、なんらかの仕方で現実を統合形象化することに役立っている。さらに個別的にみれば、われわれが案出する筋は、混乱し無形で極端な場合、沈黙したわれわれの時間的経験を統合形象化するのを手伝ってくれる。「時間とはなにか。もし誰もそれを私に問わなければ、私は時間を知っている。もし誰かが私に問うなら、私はそれを知らない」とアウグスティヌスは語った。この半ば沈黙した時間的経験を統合形象化するフィクションの能力にうちに、筋がもつ指示機能がある。ここでわれわれはアリストテレスの『詩学』におけるミュトスとミメーシスの関連を再び見出す。「話が行為を模倣する」(1450a2)アリストテレスは述べている。

  話が行為を模倣するのは、それがフィクションという唯一の富をつかって行為の理解可能性の図式を構築する場合である。フィクションの世界とは、われわれが行為を統合形象化できるように試み、行為の一貫性と多産性を検証する諸形式の実験場である。範例を用いたこうした実験は、われわれが先に生産的構想力と呼んだものに属している。フィクション世界の段階において、指示は宙吊り態度としてある。模倣された行為は、ただ単に模倣された行為、つまりうわべだけの捏造された行為である。フィクションとは することであり、つくることである。こうした宙吊り段階にあるフィクションの世界は、テクスト世界、テクストが世界として企投するもの以外の何ものでもない。

  しかし、指示の宙吊り状態は、行為の世界の先行了解とフィクションそのものの操作による日常的現実の変形とを媒介する契機であり得るにすぎない。テクスト世界は、それが世界である以上、不可避的に現実の世界と衝突するようになり、世界を――それを確証するにせよ、否定するにせよ――「つくり-なおすre-faire」。しかし、芸術が現実に対してとるもっとも皮肉な関係でさえ、芸術がわれわれと現実との関係を攪乱せず再整理しないのであれば、理解不可能なものとなってしまうだろう。もしテクスト世界が現実世界に帰し得る関係をもたないのなら、ヘルダーリンニーチェベンヤミン以前に述べた意味で、言語は「危険」なものではなくなってしまう。

  いまのと並行する歩みが歴史学の方から課される。物語的フィクションが指示をもたないのと同じように、歴史学に固有の指示はフィクション物語の「生産的」指示と類縁関係がないわけではない。過去は非実在的であるわけではない。しかし、過ぎ去ってしまった実在は、言葉の厳密な意味で検証不可能である。過去の実在は、もはやないものとして歴史学ディスクールによって間接的にのみ体験されるにすぎない。ここでフィクションとの類縁関係が課される。コリングウッドが既に力説しているように、過去の再構成は想像力の所産である。先に述べた歴史と物語とのつながりのおかげで、歴史家も史料が権威づけしたり禁止したりはするがけっして含みもつことのない筋を統合形象化する。この意味で歴史学は、物語り的一貫性と史料との合致という二つをあわせ持っている。この複合的な関係が、解釈としての歴史学の身分を特徴づけている。このようにして、フィクションと歴史学の非対称的ではあるが、直接的もしくは間接的な指示の様態の交叉すべてを肯定的に探求する道が開けてくる。こうした過去への直接的な指示とフィクションの生産的な指示との間の複合的な作用のおかげで、人間経験はその根源的に時間的な次元において再形象化されつづけるのである。

  時間の経過のうちでたえず姿を現わし明確になってきた理論的かつ認識論的な前提を白日の下にさらす前に、物語りの機能の探求する場を私がこれまで行ってきた仕事というより広い枠組みへと移すことにしたい。

  物語りの機能が提起する諸問題と私が『生きた隠喩』で議論した諸問題との関係は、一見したところ明確ではない。(1)まず物語が文学の「ジャンル」のうちに分類されるように思えるのに対し、隠喩は「比喩」、つまりディスクールの文彩という分類に属しているようにみえる。(2)物語はそのバリエーションの中でも、学問であり得ると主張したり、学問でないというなら過去に起こった実際の出来事を記述できると主張する歴史学と同じくらい重要な下位ジャンルをすべて含んでいるのに対し、隠喩は叙情的韻文――その記述的要求は薄弱かさもなければ無であるように思える――を独自に特徴づけているようにみえる。

  隠喩と物語には明白な差異があるものの、両領域に共通の諸問題を探求し発見することによって、われわれは本稿の後半が有するより広大な哲学的地平へと導かれる。

  私の注目は、私がこれから素描しようとする二つの反論に応じて二つのグループに分けられるだろう。第一のグループは構造主義に、もっといえば言表そのもの――それが物語的であれ隠喩的であれ――に内在する「意味」にかかわる。第二のグループは言表の言語外の「指示」にかかわり、これによってそれぞれの[言表の]真理要求にかかわる。

 

(1)まずは意味のレベルにとどまろう。

 (a)意味の平面での物語的「ジャンル」と隠喩的「転義」とのつながりは、両者がともにディスクールに属していること、つまり文と同等かもしくはそれを超えた言語使用に属していることによって成立している。

  実際、隠喩についての現代の研究が到達した最初の帰結の一つは、という分析の場からという分析の場に移行したことである。アリストテレスの『詩学』に発する古典的な修辞学の定義からすると、隠喩とは事物の通常の名を類似によって別の事物へと転位させるものである。そうした拡張の発生操作を理解するには、語の枠組みから始めて文の平面へと高まり、語の隠喩よりはむしろ言表の隠喩について語らねばならない。それゆえ隠喩は、論理的な主語に[通常]これと一緒には用いられない述語を割り当てることで成立する言語の仕事である。このことから、隠喩は異常な命名であるというよりは奇妙な述語づけであり、普段の意味作用つまり辞書化され現在の用語となっている意味作用によって制度化されたような文の固さ、一般でいうところのそうした文の意味論的正当性を打破する割り当てを行うものである。したがって、もし隠喩は真っ先にまた原理的に非正当性の割り当てであるという仮説に賛同するなら、諸々の語が隠喩的言表のなかで被るねじれの理由がわかる。このねじれは、文の意味論的正当性を埋め合わせるのに必要な「意味効果」である。それゆえ、われわれがあらたな意味論的正当性を通じて――いわばそうした正当性の上から――通常使用される語の抵抗を感じ、また文を字義通りに解釈するレベルでの語の並置不可能性を感じるからこそ、隠喩が存在する。あらたな隠喩的正当性と字義通りの非正当性との間のこうした競合が、文のレベルでのあらゆる言語使用のうちで隠喩的言表を特徴づけている。

  (b)こうした語というよりは文の観点からの隠喩の分析、より正確には異常な命名というよりは奇妙な述語づけの観点からの隠喩の分析によって、物語りの理論と隠喩の理論とを比較する道が用意される。実際、双方とも意味論的革新という現象を相手にしている。たしかに、物語は文の連続として解されたディスクールの規模で最初から成立しているのに対し、隠喩の操作は厳密に言って文を基礎とした働き、つまり述語づけしか要求していない。しかし、隠喩の文は実際に使用される場面においては、諸々の文のうちで隠喩を織りなす詩全体のコンテクストを要求する。こうした意味で、隠喩はそれぞれミニュチュアの詩であると文芸批評家と共に言うことができる。このように物語と隠喩との並行関係は、文-ディスクールのレベルだけでなく連続-ディスクールのレベルでも取り戻される。

  意味論的革新という現象がそのすべて規模において見えてくるのは、この並行関係の枠組みにおいてである。この現象は、隠喩と物語が共に意味の平面で有しているもっとも根本的な問題をなしている。どちらの場合でも、言語においてあらたなものから――まだ言われていないものから、前代未聞のものから――生じるものは、一方では生きた隠喩つまり述語づけにおけるあらたな正当性であり、他方では見せかけの筋つまり筋立てにおけるあらたな合同である。しかし双方とも人間の創造性は、この創造性を分析可能にする輪郭のうちで枠取られしっかりと把握される。生きた隠喩と筋立ては、創造性の謎へと開かれた二つの窓としてある。

  (c)ここでこの隠喩と筋立ての特権の根拠について問うなら、それらを理解する母胎である産出的構想力図式の機能に向かわねばならない。実際どちらの場合でも、革新は言語という媒体において成立し、規則にしたがって行われる想像と呼ぶことのできる何ものかを明らかにする。このような規則に基づく産出は、筋を構築する場合、唯一無二の筋の案出と物語り類型の蓄積との間の絶え間ない移行によって表されている。唯一無二の新しい筋を産出する際には、すべての物語り類型に内在する規範と比べての変異と合致とのあいだである弁証法が働いている。

  さて、この弁証法は九つの隠喩のうちであらたな意味論的関与が誕生する際に自らの対をもつ。アリストテレスは「よい隠喩をつくるとは、類似を見つけることだ」[1459a4-8]と述べた。では、類似を見つけるとはどういうことか。あたらしい意味論的関与の設定がもし発話が全体として「意味をなす」ことによるものであるならば、類似は最初のうち「遠ざけられている」が突然「近しく」現われる辞項のあいだでなされる和解的創造のうちにある。したがって、類似は論理的空間における距離の変化のうちで成立する。類似とは、異質なアイデアのあいだで発生したあらたな類縁性の出現以外の何ものでもない。

  和解というこうした総合操作の図式化と同様、産出的構想力が作動しだすのはここにおいてである。想像力は述語同化によるあたらしい論理空間を生み出す権能、能力であり、同化に抵抗する辞項のあいだにある最初の差異にもかかわらず、またそうした差異のおかげでこの論理空間を生み出すのである。

  さて、筋もこの述語同化と比較可能な何かをわれわれに明らかにしてくれる。つまり筋は、一つの話のうちで諸々の出来事を統合し、また状況、自らの企図や動機をもった人物像、協力や敵対を含んだ相互交流、助力もしくは障害、偶然といったのと同じような異質な要因を全体的に組み立てる「統合把握」としてもわれわれに現われる。筋はそれぞれ、異質なもののそうした総合である。

  (d)ここで意味論的革新に付随する了解の性格に焦点を置くなら、物語の領野と隠喩の領野の間にあるあらたな並行関係が明らかとなる。先にわれわれは、話を追う活動によって作動する理解のきわめて個別的な様態について主張し、その際に物語り的了解について語った。[そこで]われわれが擁護したテーゼは、〈法則的因果関係や機能や構造といった法則による歴史説明はこの物語り的理解に接木される〉というものであった。かくしてわれわれは〈さらに説明することは、より多く理解することである〉と言うことができた。われわれは、フィクション物語の構造的説明にかんして同じテーゼを擁護した。このようにして、たとえば民間伝承の基層にある物語コードを白日の下に晒すことは、物語の表層文法についてわれわれが持っている第一度の理解に付け加えられた第二度の合理化の作業として現われたのである。

  理解と説明との間にあるのと同じ関係が詩の領野のうちに看取される。詩の領野において話を追うことのできる権能と対応していると思われる理解の行為は意味論的力動性を取り戻すことによって成立するのだが、それは、文の字義通りの読解に対して現われるような意味論的非関与の残骸から隠喩的言表においてあらたな意味論的関与が出現してくることによって可能となる。したがって理解するとは、意味論的革新というディスクール上の伝達操作を行ったり再びなしたりすることである。では、著者なり読者が理解によって隠喩をつくるなら、文の力動性とはまったく別のところから出発し言語体系に属する記号のようにディスクールが統一的でなければならないとする知的説明がこの理解に課せられる。音素からテクストにいたるまで、言語のあらゆるレベルの構造的同質性を原理として提起するなら、隠喩の説明は記号を勘定の単位とみなす一般記号論へと登記される。物語りの機能の場合と同様、ここでの私のテーゼは〈説明は第一のものではなく、理解に対して二番目のものである〉というものである。したがって記号論のように、説明はそれが記号の組み合わせと捉えられるなら、ディスクールに基づく第一度の理解の基礎に革新と不可分かつそれを可能ならしめる行為として築かれる。説明によって獲得された物語り的構造は筋をつくる構造化の行為の理解を前提としているが、これと同じような仕方で、構造主義記号論によって獲得された構造はディスクールの構造化の上に築かれ、その革新の力動性と潜在力を明らかにするのは隠喩である。

  説明することと理解することとのこうした二重の関係がどのような仕方で今日の解釈学の発展に寄与するかについては、本稿第三部において語られるだろう。その前に、隠喩の理論がどのようにして指示の問題解明のうちで物語の理論と策謀するかが語られるだろう。

 

(2)これまでの議論の中でわれわれは故意に、隠喩的言表の「意味」をつまり述語に内在したその構造を、隠喩的言表の「指示」つまり言語外の現実に達するべきだとする要求から、したがって真実を言わねばならないとする要求から切り離したのだった。

  さて、物語りの機能の研究によってはじめてわれわれは、アリストテレスの『詩学』におけるミュトスミメーシスとの関係をみる際に詩的指示の問題に直面したのだった。物語りの機能は、それが筋の想像的統合形象化に従って人間行為の構造や諸次元を再度つくりかえてやるという点で人間行為を「模倣する」とわれわれは述べた。フィクションはこの現実を「つくり直す」能力を有しており、より正確にはテクストが世界と呼ばれてきたあらたな現実の地平を志向的に思念している限り物語的フィクションの枠組みにおいて実践的現実を「つくり直す」能力を有している。このテクスト世界が行為の世界に干渉し、それをあらたに統合形象化し、あえて言うならそれを変形させるのである。

  隠喩の研究によってわれわれは、この変形操作のメカニズムを洞察することができ、われわれがフィクションという一般用語で指し示している想像的産出の全体の中でこれを把握することができる。隠喩だけが気づかせてくれるもの、それは詩的指示に備わる二つの構成的契機の結合関係である。

  第一の契機はきわめて容易に同定可能である。言語は、指示の注意をメッセージそのものに向けるたびに詩的機能を帯びる。ロマン・ヤコブソンの用語では、詩的機能は――詩的言語とは逆に――記述的言語では優勢となっている指示機能を犠牲にしてメッセージをそれだけのために際立たせる。言語が自分自身へとむかう求心的な動きが指示機能の遠心的な動きにとってかわると言えよう。言語は音と意味との戯れの中で自分自身を称賛する。それゆえ詩的指示の第一の構成契機とは、日常言語や科学的言語の富によって既に構成され記述された現実とディスクールの直接的関係をこのように宙吊りにすることである。

  しかし、メッセージをそれだけのために際立たせることによって含意される指示機能の宙吊りは、ディスクールのもっと隠された指示機能の裏面ないしその否定的条件にすぎず、ある意味で言表の記述的価値の宙吊りによって自由になった部分でしかない。かくして詩的ディスクールは、直接的な記述言語ではアクセスできず、隠喩的言表行為やわれわれの言葉の意味作用を規則的に違反するといった複合的作用があって初めて語ることのできる現実のアスペクトや質や価値を言語にもたらすのである。

  現実を隠喩によって再記述するこの能力は、われわれが先に物語りの機能に与えたミメーシスの機能とまったくパラレルである。物語りの機能が行為やその時間的価値の領域のうちで好んで発揮されるのに対し、隠喩の再記述はむしろ世界から住まうことのできる世界をつくる感覚的、悲壮的、美感的、価値論価値のうちに君臨している。

  こうした間接的指示の理論がもつ哲学的含意は、説明することと理解することとの間の弁証法がもつ含意と同じくらい重大である。われわれはすぐにも、これらの含意を解釈学的哲学の領域のうちに登録することになるだろう。〈われわれが詩的フィクションに認める現実の変形機能は、われわれが実在や感覚的実在を同定しないでおき、あるいは同じことになるが、われわれが経験や感覚的経験を同定しないでおくことを含意している〉と、暫定的な権限で述べておこう。詩的言語は自らの威光を、フッサール生活世界と呼びハイデガー世界内存在と呼ぶもののアスペクトを言語にもたらす自ら能力から引き出している。さらにこれによって、われわれはまた再び自らの真理の慣習的概念を俎上に載せねばならず、つまりわれわれはフィクションがもつ変形行為と結びついた真理要求を説明しながら、真理を論理的な整合性や経験的検証に制限しないでおかねばならないのである。[しかしこのフィクション理論にかんする]試み全体の哲学的全体を事前に明確にしておかないなら、もはやフィクションが有する現実的なものや真理について――また存在についても疑いなく――語ることはできない。

 

2 解釈学的哲学

  ここで、私とは別の哲学的伝統において訓練された読者に対し、これまでの分析が提起せずにはおかない二つの問いに答えておこうと思う。私が属していると認める哲学的伝統の特徴的前提とはどのようなものか。これまでの分析はどのような仕方でこの伝統に登録されるのか。

  (1)第一の問いにかんして私がその哲学的伝統を特徴づけたいと望むのは、次の三つの特色によって訴えられる伝統である。それは反省哲学の線上にある。またそれはフッサール現象学の勢力範囲のうちにとどまっている。そしてそれはこの現象学からの解釈学的バリエーションであろうとする。

  反省哲学ということで私が理解しているのは、大雑把にいって、デカルト的コギトから始まり、カントや不慣れな人にはほとんど知られていないフランスにおけるポストカント主義の哲学を貫いて、私にとってはジャン・ナベールがそのもっとも重要な思想家でありつづけてきたところの思考様式である。反省哲学がもっとも根源にかかわるものとみなす哲学的問題は、認識や意志作用や評価等の操作の主体としての自己理解の可能性にかかわる。反省とはこうした自分に戻ってくる行為であり、この行為によって主体は、知的明晰さや道徳的責任のうちで諸操作――その中で主体は散漫になり主体であることを忘れる――の統一を促す原理を取り戻す。「〈われ思う〉は私のすべての表象を伴うことができねばならない」とカントは述べた。この定式化のうちに再度見出されるのは、反省哲学すべてである。しかし、「われ思う」はどのようにして自ら自身を認識し再認するのか。現象学が、もっと言えば解釈学が反省哲学のプログラムを現実化すると同時に徹底的に変形するのはこの地点である。実際、反省という理念に結びついているのは、絶対的透明性の願い、自己と自分自身との完璧な一致という願いであり、これは自己意識から疑い得ない知をつくりだし、自己意識という権限のもとであらゆる肯定的な知よりももっと根源的な地をつくりだす。哲学がこの要求を満足させ得る思考の道具を手に入れるにつれ、現象学がまず先に、ついて解釈学がいつも非常に遠く離れた地平のうちに延期するのはこうした根本的な要求である。

  このようにしてフッサールは、フィヒテのそれを想起させるような観念論によってもっともよく示される理論的テクストのなかで現象学という着想を得たのだが、それは(知覚的、想像的、知性的、意志的、価値論的等々の)経験の根本的な分節化をその本質において記述する方法としてではなく、もっとも総体的な知的明晰さにおける徹底した自己基礎づけとしてのものである。それゆえフッサールは、自然的態度に適用される還元――もしくはエポケー――によって感覚の王国を征服し、それによって物それ自体に関するあらゆる問いは括弧入れされることによって排除される。かくしてこの感覚の王国は実際上のすべての問いから解放され、現象学的経験の特権的領域、直観の優れた場を構成する。カントを飛び越してデカルトに戻ることで、フッサールは〈超越のあらゆる直観的把握は疑わしいものだが、自己への内在は疑いようがない〉と述べる。この断言によって現象学は反省哲学でありつづける。

  しかしながら現象学は、もはや自分自身や自らの最終的要求に適用される理論化においてではなく、自らが実際に使用される場合に、主体が自分自身に対して透明であることにおいて徹底的な基礎づけの夢を実現するということとは既にかけ離れたものとなっている。現象学的還元という条件そのもののもとでの現象学の偉大な発見は、志向性、すなわちもっとも専門的ではない意味では、自己意識にもとづくなにかについての意識の優位である。しかしこの志向性の定義は、まだトリビアルである。厳密な意味において志向性が意味するのは、〈何かを思念する行為そのものは、思念された意味という同定可能か再同定可能な統一体を通じてのみ獲得される〉ということであり、フッサールはこれを「ノエマ」もしくは「ノエシス的」思念の志向的相関項と呼んでいる。さらに、このノエマの上に重ねられた層として、フッサールが「構成」(物の構成、空間の構成、時間の構成等々)と名づける総合の活動の成果が沈殿する。ところで現象学の具体的な仕事は――とりわけ「物」の構成にかんする研究において――、遡及的方途によって常により根本的な層に属しており、そこでは活動的な総合はたえず常により根源的な総合に送り返される。このように、現象学は「逆向きの問い」という無限の運動において捉えられ、この運動において現象学の徹底的な自己基礎づけというプロジェクトは消滅する。生の世界にかんする最終的な仕事そのものは、この言葉によって永遠に期待の外部にある直接性の地平を示す。生活世界はけっして与えられるのではなく、いつも前提されているのである。生活世界は現象学には失われてしまった楽園である。この意味において現象学は、自らの直接性の理念そのものの実現を試みていたにもかかわらず、これを覆してしまったのである。この事実は、フッサールの著作の悲劇的偉大さである。

  ありありと姿をあらわしたこの逆説的帰結によって、解釈学がいかにして現象学に接木され、現象学デカルト的理想とフィヒテ的理想と共に維持するのと同じ二重関係を解釈学が維持しているかが理解可能となる。まず、解釈学の先行者たちは解釈学を反省の伝統や現象学のプロジェクトとは疎遠なものとみなしているように思える。実際、解釈学はシュライアーマッハーの時代に聖書注釈と古典文献学と法解釈との融合によって生まれた――というより蘇った。こうした多くの学科の融合はなされえたのは、(聖典であれ世俗的なものであれ、詩であれ範例であれ)なにがしかのテクストの意味の問いやなにがしかのテクストのカテゴリーの問いに先立って、理解とはなにかという問いを受けさせるコペルニクス的転回のおかげである。この理解への探求は、一世紀後に優れて現象学的な問いと、すなわちノエシス作用の志向的意味の探求と出会わざるをえなかった。なるほど解釈学が、そうした問いと共に具体的な現象学のとは異なった関心を保持しつづけていたことは事実である。現象学が認知的で知覚的な次元で好きな意味の問いを提起していたのに対し、解釈学はディルタイ以来、歴史や人間諸科学の次元においてそうした問いを提起した。しかしそうした問いは両者とも、意味自己との間の、現象学では理解可能性と解釈学では反省性との間の関係についての同じ根本的な問いだったのである。

  それゆえ、テクストの「客観的」な意味と単独の読者による先行理解との間の有名な解釈学的循環は、フッサールが別のところでノエシスノエマの相関関係と呼んだつながりの特殊な場合として現われていた。

  解釈学が現象学に根付いていることは、テクストの理解と、そうした理解に直面させる意味に対する意識の志向的関係との間のこうしたきわめて一般的な類縁性に限られるわけではない。現象学が自らの意志に背くかたちで出会うことになった生活世界という主題は、残余問題としてではなく先決事項としてハイデガー以降の解釈学によって引き受けられている。まずわれわれは世界のうちに存在し、どうしてもこの世界に参加して帰属せざるを得ないという仕方でこの世界に帰属しているからこそ、われわれは知性によって構成し支配していると主張する対象と自らを第二の運動において対置することができる。ハイデガーにとって理解は、存在論的な意味作用を有している。〈自らのもっとも固有な可能性を投企しつつ世界に定位する、世界に投げ出された存在の応答〉というものがある。テクストの解釈という専門的な意味で解釈は、既に投げ出されてある存在がいつも孤独のうちに行うこうした存在論的な理解の発展や説明に他ならない。かくしてフッサールが関心を注ぎつづけてきた主体―客体関係は、認識についてのあらゆる関係よりももっと根源的な存在論的連関の証しに従属しているのである。

  解釈学による現象学のこうした従属化は、別の従属化を呼び出す。すなわち、フッサールは自然的意識がまず浸されている実存の根底の「意味」を還元によって細分化するが、この有名な「還元」はもはや哲学の最初の身振り足りえなくなる。以後、還元というこの哲学的身振りは派生的な認識論的意味作用を受けとる。距離をとるという第二の身振り――この意味では理解が最初に根付いていることを忘却すること――が、科学的認識と同様に日常の認識に特徴的なあらゆる客観化の操作を要求する。ところがこうした距離化は参与的帰属を前提にしており、この帰属によってわれわれは、対象を企投し対象を自らの知的で技術的な支配下に置くべくして対象と自らを対置させる主体である以前に世界に対して存在している。かくして、ハイデガー解釈学およびハイデガー以降の解釈学は、フッサール現象学のよき継承者であるならば、その現象学を実現している程度に応じて、結局のところその裏返しなのである。

  この裏返しの哲学的帰結は重大である。もし根本的主体の自己自身に対する透明性という理想を失効させる有限性を強調することに終始するなら、この帰結を把握したことにはならない。有限性という理念それ自体は平凡でトリビアルである。よく言っても有限性の理念は、反省のあらゆるヒュブリスの放棄、自分自身にもとづけようとする主体のあらゆる要求の放棄を否定的な言葉で表明させているに過ぎない。あらゆる基礎づけの企図や最終的正当化のあらゆる試みと対比される世界内存在の優位性の発見は、理解のあらたな存在論から認識論にとっての肯定的な帰結が引き出される場合に、その力すべてを見出す。こうした認識論的な帰結を引き出すことで、私は、本稿第三部冒頭で提起された第二の問いに対する第一の問いの応答を導入するつもりである。この認識論的帰結は以下の定式化のうちにまとめられる。〈記号や象徴やテクストによって媒介されない自己理解などない。最終的な権限で自己理解は、これら媒介的表現に適応される解釈と共に生起するのである〉。一方から他方へと移行することによって、解釈学は、フッサール現象学と同一視しようと試みた観念論からだんだんと解放される。それならば、以下ではそうした解放の段階を追ってみることにしよう。

  記号による媒介について。これによって、あらゆる人間経験がそもそも言語によって条件づけられていることが断言される。知覚や欲求は語られる。ヘーゲルはこのことを既に『精神現象学』において証明してみせた。フロイトはこのことから別の帰結を引き出した。すなわち、〈言語の明晰さにもたらされずに、また欲求が言語領域にアクセスできるおかげで自ら固有の意味にまで高められずに隠蔽され、覆い隠されるかもしくは歪曲された感情的経験など存在しない〉と。トーク・ケアとしての心理分析は、欲求と言葉の間のこうした原初的近さ以外にその基礎を置くものではない。また発話される前に言葉が理解されているように、自己の自己に対する最短の道は他者の言葉であって、これによって私は記号が開いてくれた空間を通覧するのである。

  象徴による媒介。この言葉によって私は二重の意味をもった表現を理解しており、伝統的な諸文化は、コスモスの「エレメント」(火、水、風、土等々)やその「次元」(高さ、奥行き等々)やその「アスペクト」(光と闇等々)の命名とそうした象徴表現とを関連づけてきた。この二重の意味をもつ表現はそれ自体もっとも普遍的な象徴の間で幾重もの層をなしており、それらの象徴はある文化にのみ固有で、結局のところある特定の思想家の、つまりはある一冊の著者の創造物である。後者の場合、象徴は生きた隠喩と見分けがつかなくなる。しかし逆に、人間性に共通の象徴的根底にまったく根付いてないような象徴的創造などおそらく存在しない。私自身かつて『悪の象徴系』をまとめたが、同書は悪をなす意志における穢れ、転落、逸脱のような二重の意味をもついくつかの表現が有するこうした媒介的役割に全面的に依拠している。私はこの時期、解釈学を象徴の解釈に、つまりは二重の意味をもつこうした表現の――しばしばわかりにくい――第二度の意味の説明に切り詰めてしまってさえもいた。

  象徴の解釈によって解釈をこのように定義してしまうことは、今日の私の目にはあまりにも狭隘なものにみえる。またこの定義は、われわれを象徴による媒介からテクストによる媒介へと導いてゆくことになる二つの理由からも狭隘なものである。まず、伝統的な象徴形もしくは私的な象徴系がその多声の富を展開するのは適切な文脈においてのみであって、それゆえたとえば一篇の詩といったテクスト全体という階梯に対してのみである。次に、同一の象徴系は競合する解釈、すなわち対極なものとして対立する解釈を生じさせる原因となり、これによって解釈は象徴系を、多様な意味というその非常に大きな能力に従ってその字義の基底へ、その意識されることない源泉もしくはその社会的動機づけへといたらせようとする。時に解釈学は、象徴系のうちで表に出ない秘められた力を暴露することでその象徴系を脱神話化しようとしたり、またある時には、もっとも豊かで、もっとも高尚で、もっとも精神的な意味を理解しようと精神集中させたりする。ちなみにこうした解釈の葛藤は、テクストの階梯で等しく繰り広げられるものである。

  このことから帰結するのは、〈解釈学はもはや象徴の解釈によってのみだけでは定義されえない〉ということである。とはいえこの象徴による定義は、経験の言語的性格というきわめて一般的な再認識とテクスト解釈による解釈学の非常に技術的な定義との間で、ある段階として保持されねばならない。さらにこの定義は、文化が自らの内奥に置く象徴――象徴によってわれわれは実存と同時に言葉にいたる――という宝を通じて自己理解に長き迂回路を課しつつ、自己の直観的認識という幻想を一掃するのに貢献する。

  ③最後にテクストによる媒介。一見するとこのテクストによる媒介は、単に口承であってもよくましてや言葉によらずともよい記号による媒介や象徴による媒介よりももっと制限されているようにみえる。テクストによる媒介は、口承の文化の犠牲の上にあるエクリチュールや文学の解釈の領域を制限しているように思える。それは正しい。しかし、この定義がその広がりの点で失っているものは、その激しさの点で損失を勝ち得ている。実際、エクリチュールディスクールがもつもともとの富を解き放つのであり、本稿の最初の数ページでわれわれはそうしたディスクールをまず文として同定し(誰かが何かについて何事かを誰かに語る)、ついで一連の文を物語や詩やエッセーのかたちに組み立てるという風に特徴づけることによって定義したのだった。エクリチュールのおかげで、ディスクールは三重の意味論的自律を獲得する。それは、発話者の意図からの自律、最初の聴き手による受容からの自律、自らが生み出された経済的、社会的、文化的状況からの自律である。この意味で、書かれたものは対面による対話という限界から救い出し、ディスクールテクスト-生成の条件となる。解釈学は、解釈作業のためにこのテクスト-生成の含意を探求しなければならなくなる。

  もっとも重要な帰結は、〈主体の自己自身に対する透明性というデカルト的、フィヒテ的、またどうように一部ではフッサール的な理想に対し決定的に終止符が打たれた〉ということである。記号や象徴による迂回は、対話の間主観的な条件から解き放たれたこのテクストによる媒介によって強められると同時に変更を受ける。もはや著者の意図は、発話者が誠実で直接的な言葉を発する際の意図であろうとするように、そのまま与えられることはない。そうした意図は、作品の唯一無二の文体に与えられる固有名のように、テクストそのものの意味作用と同時に再構成されねばならない。それゆえ、もはや解釈学を読者の天才と著者の天才との一致によって定義することは問題ではない。テクストに不在の著者の意図などというものはそれ自体、解釈学的問いとなってしまう。他者の主観性、読者の主観性について言えば、それは期待――読者は期待することでテクストに近づきテクストを受容する――の担い手であるのと同様に読解の産物、テクストの賜物である。したがってもはや解釈学を、テクストに対する読み手の主観性の優位によって、それゆえ受容美学によって定義することは問題とならない。「意図をめぐっての誤謬」を「情感をめぐっての誤謬」で置き換えたところで何の役にも立たないだろう。自ら理解するということは、テクストの前で自ら理解するということであり、読解しようとしている自己とは別の自己となる条件をテクストから受け取ることである。したがって著者の主観性、読者の主観性そのどちらも、自己が自己自身に対して根源的に現前しているという意味での最初ではないのである。

  解釈学がひとたび主観性の優位から解放されたのなら、その第一の課題はどのようなものであり得るか。私のみるところそれは、一方で作品の構造化に備わる内的ダイナミズムを、他方で自分自身の外部へと企投し、実際にテクストの「事柄」となるような世界を生み出す作品の力能をテクストそのもののうちに探り出すことである。内的ダイナミズムと外的企投は、私がテクストの仕事と呼ぶものを構成する。このテクストの二重の仕事を再構成することが解釈学の課題である。

  反省としての哲学という第一の前提から始まり、現象学としての哲学という第二の前提を通って、記号ついで象徴、最後にテクストによる媒介という第三の前提にいたるまでの道筋が理解される。

  解釈学的哲学は、この長き迂回の注釈すべてを引き受ける哲学、反省が絶対的主体という自己の透明性のうちでなされる知的直観とあらためて等しくなった後になされる全体的媒介という夢を断念する哲学である。

 

 (2)ここで先に提起した第二の問いに答える試みをなすことができる。私の仕事が結びつく伝統の特徴的前提がそのようなものであるなら、私のみるところ、そうした伝統の発展のなかで私の仕事が占める位置はどのようなものであろうか。

  この問いに答えるに当たって、私が解釈学の課題に与えようとする最後の定義と、第二部の最後で得られた結論とを結びつけることで満足したい。

  われわれが言おうとするのは、解釈学の課題が二重のものであるということである。それはすなわち、テクストの内的ダイナミズムを再構成することと、私が住むことができるような世界を表象[再現前化représentation]する際に外部へと自ら企投する作品の力能を回復してやることである。

  理解と説明のそれぞれを分節化することを目指す私の分析すべてが、私が作品の「意味」と呼んだもののレベルで結びつくのは第一の課題である。隠喩の分析同様、私がなした物語の分析において、私は二つの戦線で戦っている。すなわち一方で私は、感情移入――これによって主体は親密な対面という状況において疎遠な意識のうちへ移ってゆく――によってテクストの領野にまで拡大されたものとして捉えられた直接的理解の非合理性に異議申し立てをする。この道理に反した拡大は、著者の主観性と読者の主観性という作品によって含まれる二つの主観性が合致して生まれる直接的なつながりというロマン主義的幻想を保持している。しかし[他方で]私は、ディスクールではなくラングによって特徴づけられる記号の体系という構造分析をテクストにまで拡張する説明の非合理性に先と同じ力をもって異議申し立てをする。先と同様に道理にかなわぬこの拡張は、自分自身を閉ざし、著者や読者の主観性すべてから独立であるテクストの客観性という実証主義の幻想を生み出す。これら二つの偏った態度に対し、私は理解と説明の弁証法を対置したのであった。理解ということで私は、それ自体でテクストの構造化の作業を再開する能力を理解し、また説明ということでは、この理解に接木され、読者が伴う構造化の作業に隠れたコードを解明することで成立する第二度の操作ということを理解している。理解を感情移入に切り詰めようとすることと説明を[記号の]抽象的組み合わせ理論に説明を切り詰めようとすることの二つの前線の間でなされるこの争によって、私は、テクストに内在する「意味」のレベルでなされる理解と説明のこの弁証法そのものによって解釈を定義づけるよう促される。解釈学の第一の課題に答えるこの特別なやり方は、私からすれば、哲学と人文諸科学との間の対話を、つまり理解と説明という二つの対立様式がそれぞれ人文のやり方で挫折する対話を保存する卓抜した有利さをもっている。このようなやり方が、私が連なる解釈学的哲学への最初の貢献となるだろう。

  以前の論線において私は、隠喩的言表の「意味」の分析と、認識論的使用に限定された理解の理論を背景としてなされる物語の筋の「意味」の分析とを、ディルタイマックス・ウェーバーの伝統へと置き入れることに心を砕いた。先の隠喩的言表や筋に適用された「意味」と「指示」との区別によって私は、理解の認識論をその存在論に従属させるという意味において、ハイデガーとガダマーと共に解釈学哲学の後の展開がどのようなものであろうともけっして廃棄されることはないように思われるこの哲学の成果にしばらくの間とどまらなければならない。私は、[理解の]認識論的段階――その掛け金は哲学と人文諸科学との対話である――を忘却したくはないし、また主体と主体の目の前に置かれた客体とのあらゆる関係に先行する世界内存在や参与的帰属に今後は強調点を置くことになる解釈学の問題構成のこうした配置換えをないがしろにすることもない。

  私は隠喩的言表と物語的筋の「指示」を、解釈学のあらたな存在論という背景へと移そうと思う。これらの分析は〈ディスクールそれ自体のために、自らの偉大さのために存在しているのではなく、自らが使用されることにおいて経験を言語にもたらし、言語に先立ち語られることを要求する住み着くというあり方や世界内存在のあり方を言語にもたらす〉という確信を常に前提としており、私はそのことを認めるにやぶさかではない。われわれの語る行為からみた〈語りの存在l’être-à-dire〉が存在するという確信によって、言語の詩的使用のうちにそうした詩的使用に特有の指示様態を発見しようとする私の頑強さは説明されのであって、この指示様態を通じてディスクールは、自ら自身を称賛するために自分自身のうちに引きこもっている時でさえ、存在を語りつづける。言語が自分自身のうちに閉じこもるのを打ち破ろうとするこの熱意を、私はハイデガーの『存在と時間』やガダマーの『真理と方法』から受け継いだ。しかし私は逆に、隠喩的言表と物語的言表の指示について私が提示する記述が、この存在論上の熱意véhémence ontologiqueに欠けている分析的正確性を付け加えるとあえて考えるものである。

  実際、一方で私は、言語理論における存在論上の熱意と呼ぶようになるもののしるしのもとに、隠喩的言表の指示要求に対して存在論的射程を与えることに専念している。かくして私は、〈何かを~とみることは、事柄の~としての存在を明らかにする〉とあえて述べる。私は「~として」が〈~である〉という存在の動詞の何かを露にする作用とみなし、「~としての存在」を隠喩的言表の最終的指示対象とする。このテーゼは、ハイデガー以後の存在論の刻印をとどめている。しかし他方で、私からすれば、~としての存在の証しは、ディスクールの指示様態についての詳細な研究と切り離し得ず、ロマン・ヤコブソンから受け取った「分裂した指示」という概念を基礎として間接的な指示にかんする適切な分析的扱いを要求する。物語り的作品のミメーシスにかんするテーゼと、詩によって行動の世界を先行形象化し、統合形象化し、変形形象化trans- figurationという私が行ったミメーシスの三つの段階の区分は、分析の正確さを存在論的証しに接合しようとする先と同じ気づかいを表している。

  いま表したこの気づかいは、隠喩的言表に内在する力動性の平面で理解することと説明することとを対立させることのない、先に述べた私の別の気づかいに辿り着く。まとめて言うなら、これら二つの気づかいが表しているのは、十分ではないにしろ、解釈学的哲学を進展させるよう努力しつつ、分析哲学のもとでこの解釈学的哲学への関心を引き起こそうとする私の願いである。