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un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ギュンター・フィガール「哲学的解釈学――解釈学的哲学」

[以下はHermeneutische Wege. Hans-Georg Gadamer zum Hundertsten (hrsg von G.Figal, J. Grondin und D.J.Schmidt, Mohr Siebeck, Tübingen, 2000) に収録されたフィガール論文の試訳]

 

 

 ガダマーの意味での哲学的解釈学は、なんら哲学としての原理上の要求をしていない。概念的構築や、基礎づけの試み、究極的な根拠づけの試みはガダマーの解釈学的哲学と相容れることはなく、学問的成果やただ学問に比せられるにすぎないような成果もこの哲学的解釈学からは期待すべくもない。諸科学のモデルに定位することが哲学的にみて生産的ではないことは、ガダマーの基本確信に決定的な仕方で属しており、[これによってガダマーが]諸科学を拾い読みして体系化することに背を向けたとしても驚くことではない。「真理と方法」というタイトルはむしろ、「真理か方法か」の意味で考えられており、方法的な意識や無反省な前提から自由で制御可能な認識というその理想への批判――またその限りでこうした理想に負うところがある哲学への批判を示すことになる。

  しかしこのことは、ただ幻想を破壊し、それゆえに実現不可能で綱領的な夢に別れを告げることになるだけではない。最終的にガダマーの主著のタイトルによって気づかされるのは、「学問的な方法論という制御可能な領域を越えた」(GW.1,1; xxxviii)真理である。学問的な方法論にとってこの真理が問題となっている限り、哲学的解釈学は、哲学の伝統的な要求に対し今や懐疑的か、皮肉的か破壊的な態度をとる脱構築のプログラムや虚勢的なプログラムと厳密に区別されねばならない。ヴァッティモやローティやデリダの考察は、ガダマーの多くの点で近似的で、それどころか親和性すらある。とはいえ決定的なことは、〈解釈学の根本経験とは、『弱き思想』[ヴァッティモ]という根本経験とはまったく異なったものであり、思想の文学化を綱領的に主張する弁護の根本経験や、概念的に異なったものや同一なものを言語記号の終わりなき戯れへと解消してしまうような根本経験とはまったく別のものである〉ということである。ガダマーの哲学的解釈学は、伝統の要求があまりに過大に、利己的に、待望的になっている思想に対しての近年の諦観から解放されている。一言で言えば、この哲学的解釈学は形而上学以後の思考ではなく、形而上学の地平における思考なのである。

  別様にみるなら、もしガダマーの思想がモデルネの屈折したところや挫折的なところとは異質で、これを理解することなく対峙しているというのなら、先に挙げられた立場とガダマーとの近さは説明できなくなるだろう。ガダマーの哲学的解釈学は、ただ反時代的であるにすぎないようなパルツィファル的なナイーブさとは無関係である。彼の哲学的解釈学は、モデルネの発想がそうであるように、反省されつつ、伝統との関係のうちで現われてくる。このことは、ガダマーの解釈学が一見してわかるように伝統と友好的であることに基づくなら、驚くべきこととして聞こえるかもしれない。しかしガダマーの発想においてこの伝統との友好性は〈伝統とモデルネは緊張のうちに、張り合いながら互いに関係している〉という洞察と一体になっている。

  他方こうしたことは、とりわけ哲学にとって重要な訳ではない。哲学についてみるなら、解釈学的な根本経験は、ほとんど逆説的なものとして聞こえるように定式化されるかもしれない。まさに哲学的な伝統は依然として決定的であるために、伝統的な仕方で、伝統的な手段を用いては、この伝統の手本に沿うことはない。またまさにどの現代思想も古典的な哲学の概念地平にとどまっているために、現代思想の概念的思考に対する関係は破棄され、それによって現代思想の体系的可能性においても制限される。ガダマーが〈「古典的哲学思想家」の真理要求は現在において「破棄されることもないし凌駕されることもない」(GW.1,2; xxviii)〉とか〈それゆえに同時代の思想は古典的思想家の諸々の洞察へと一方向的に立ち戻りつづける〉と主張するとしても、ガダマーは、ナイーブさらか解放され、それゆえに途切れることのない伝統主義という連続性の期待からも解放された伝統意識を分節化している。自らの諸々の概念の歴史性を経験する思考は、もはやこうした伝統意識においては容易に分節化され得ないし、この伝統意識は別の思考には自由にはならないために、「概念との変更された関係」(GW.1,2: xxxii)一般においてみられる。伝統という意味での概念的な語りや思考は、事実となることで到達可能となる可能性として示される。伝統は伝統との断絶なしではけっしてあからさまに経験されることはない。伝統は発見されるや否や後退してゆくが、それによってますます強く拘束する。それは、現代思想にとって伝統とは別の文節空間が存在しないからである。

  哲学的解釈学のプログラムはこうした状況への反応の試みであり、それもこの解釈学がアポリアとして経験されてはならないようにしてなされる試みである。問題となるのは、歴史的拘束性と伝統との断絶との間の緊張、決定的な伝承と歴史学的隔たりとの緊張の解決の可能性であり、あるものに刻み込まれたものが何であるかを、刻み込まれてはいるが――もしくはまさに刻み込まれているものにおいては――もはやけっして自明ではない可能性が何であるかをいかに明らかにし得るかという問いである。

  これに対する解釈学からの解答は、理解と解釈の分析によって与えられる。理解がいつも〈すでに理解してしまっていること〉、つまり自らを伝承する生の連関と世界連関との親密性である以上、現在の生の開けと世界の開けはただ伝承によってのみ開拓される。出会うものすべてはこの開けのうちに入ってきて、そのかぎりでいつも自らの可能性に従って受容され統合される。かくして自明なものはそのつどの〈理解されていること〉の作動空間と尺度であり、このような状態が可能であるに当たって、自明なものは自らのあり方に一致しているものであり続けねばならない。自明なものは、はっきりしないが疑いのないもので、自らは話さないもの――もしそうでなければ言語化されてしまう――である。しかし自明なものも明確化されうる。何かと出くわすが、その連関と容易には適合しないとすぐに、この自明なもの自体が前面に登場し、問われ、賭けられるのである。

  ガダマーにとって、こうした意味での挑発的な性格を有しているのが、古典的なものとして自ら伝承の連関には組み入れられない諸々のテクストである。むしろ伝承の基盤をなしている諸々のテクストは伝承を何度もあらたに進行させ、それゆえに伝承の自明性から免れている。こうした意味での古典的なテクストはいかなる立場も分節化しない。もしこれらのテクストが独断的であるなら、それらは何かをあらたに始めるものではあり得ず、ただ何かを導くものであるか証明するものであるにすぎないだろう。だが古典的テクストは答えではなく問いである。これらのテクストによって何かが表されるが、それは現象一般として知覚され、これを告知する可能性がいまや生じてくる。これらのことは、開示されたものに問い合わせつつ、そしてその際に伝統的に推定された自分自身の先行意見や分節化可能性がどれだけの範囲のものか、またそれらの限界はどこにあるのかを検証しつつ行われる。

 いま述べたことは、哲学の古典的テクストやそこに出てくる諸々の概念にとっても重要である。諸々の概念は、テクストという基盤に基づいて形成された伝承によってはまだ自明なものとされているかもしれない。これらの概念が古典的テクストの連関において――直接的に言うことができるのなら――そうしたテクストの古典性において経験される場合、諸々の概念は自らの自明性を失ない、いわば疑問符へとその姿を変える。諸々の概念が何か経験されるべきものを示しているのなら、それらはその把握行為に対し自ら自身が解釈されるようにする。テクストが有する諸々の概念を受け取ったとしても、それはその問いの性格を誤認することと同義であるかもしれない。同等の権利をもつ誤解された手段によってこれらの概念に答えたとしても、それはこの概念が有する開示する力を誤魔化してしまうことかもしれない。把握されるべき事柄がテクストによって表され、ようやくその事柄がいまや課題として把握行為に対し示されるくらいにありありと思い浮かべられるからこそ、テクストの概念が開示されたテクストに答えつつ解釈される場合にのみ、解釈は事柄と一致する。古典的なテクストにおいて明確に経験され、自らの自明な伝統から解き放たれた概念を解釈すること、これが、解釈学的に捉えられたモデルネの課題をその伝統と結びつけると同時に、それと対抗しつつ生じ、いつもそれから離れている哲学である。

  とはいえ、解釈学的課題は哲学に限られることはない。実際、『真理と方法』がまず理解させることは、〈課題としての「真理と方法」が、方法論的な自らの誤解から解放された諸科学に対しても立てられている〉ということである。その上、ガダマーが述べているように、『真理と方法』は「歴史の経験そのもの」や「藝術の経験」(GW.1,2)――藝術は範例的な意味においてさえも用いられている――にかかわっている。藝術が範例的と言うのは、〈解釈学的経験の概要的なアスペクトすべては、藝術に即すならとりわけ際立った仕方で現われるのであり、ガダマーのプログラムにとって藝術は、決定的な事例、モデルであって、その論及は「存在論的解明の導きの糸」(GW.1,107)として役に立つことができる〉からである。哲学はもはや解釈学的現象が現われる仕方の一つ以上のものではない。また「解釈学」はそうした解釈学的現象の哲学的論及のみならず、原理的には理解しつつ存在する可能性のすべてであって、それどころかガダマーは「解釈学」と「理解可能」とを同置可能とすらしている(GW.2,280)。とはいうものの、解釈学的現象の明確な把握は哲学の課題であって、その際もし哲学の解釈学上の身分が透明でありつづけるべきであるのなら、ガダマーのプログラムの連関において、[哲学としては]ただ自己の取り返しの可能性があるだけである。哲学は解釈学的現象を現象可能にする仕方として――この意味で「解釈学」として知られねばならない。こうしたことから「哲学的解釈学」が存在するのであって、それ以上でもそれ以下でもない。

  とはいえ、哲学はどのようにして自己を喪失することなく解釈学において取り返されるのか。逆に解釈学はどのようにして単に哲学になるだけではない仕方で哲学的になり得るのか。こうした問いに答えるに当たってガダマーは、すでに非常に早い時期から自分自身の思想の挑戦として出くわしていた二つの哲学的発想に定位している。すなわち、アリストテレスにおける実践哲学の企図に定位し、修辞学と弁論術との共属関係をプラトン的に論及することに定位しているのである。両方の発想は解釈学のモデルであり、それゆえに解釈学的現象の解明にとっての決定的な事例であって、これら二つの事例に即して解釈学的現象のさまざまなアスペクトが現われてくるほど、決定的な事例なのである。

  ガダマーがアリストテレスの実践哲学に見出した関心事は、この実践哲学が理論に対してと、行為の直接的な経験に対してもとっている途切れることのない関係である。一九三〇年に仕上げられた論文においてすでにガダマーは〈「実践知の独自性」を規定することは、「理論知の理念」が形成されてはじめて可能となりまた明らかに有益になる〉と主張している。つまり、「理論、すなわちすべてに対する知」が存在するなら、「そうしたすべてに対する知と自分自身に対する知との差異」も現われる。それゆえにアリストテレスはソフィアとフロネーシスとを区別したのだ、というのである(GW.5,240)。しかしガダマーはここにきてまだ「エートスの論理化」を、「概念の灰色のうちへと描き入れてしまうようにして」過去の生きた人倫を分析することとして理解する一方で(GW.5,248)、後期の仕事では、実践哲学の正当性と魅力を明確に際立たせている。こうした正当性や魅力は、すでに『真理と方法』において行為や人倫に適した理論として現われている。こうした理論がテオリアなのであり、後期においてもなおガダマーはテオリアが人倫的意識の場に押し入ることがない限りでこれにこだわるのである(GW.7,219)。またテオリアは「純粋に理論的で〈歴史学的〉な情報を得ようとするのではなく、現象の輪郭をはっきりさせることによって人倫意識自体ををはっきりさせるようにしてやる限り」(GW.1,318)、行為の要求に従属している。実践哲学は、個々の決断や行為に向けられたそのつどの理性状態から生じてくるとともに、この理性的な状態から距離を取っている。つまり、実践哲学は「所与の状況における行為についての知」(GW.7,218)でなければならないという要求をしないのである。しかし理論の上でこのように距離をとることは、実践上の目的を有しており、それゆえに「純粋」な理論にいたるものではない。問題となるのはただ、実践的な理性状態に自らの行為遂行をはっきりさせてやり、その行為遂行自体が妥当である限り、その作用空間をもはっきりさせてやることである。

  ちょうどこのようにして、実践哲学は解釈学のモデルとされる。結局、解釈学的・哲学的な論及は個々の理解の遂行に従属してはいるが、そのつどの個別的な理解の課題を解決しようとはしないのである。哲学的解釈学は、この課題をそのつど解決してみせるような形式的な手引きをけっして提供しようとしない。哲学的解釈学はなんら方法ではなく、そのつどの個々の理解を自由にしてやるが、ただそれを放任する訳ではないからである。このようにして哲学的解釈学は屈折して後ろに縛られた理論となり得る。哲学的解釈学は「客観的」でもなければ、「実践に応用しようとする関心すべてに対して背を向けて中立的」(GW.7,218)であるのでもない。哲学的解釈学は個々の理解とは区別されるものの、実践哲学が自らの意味を行為世界に見出すのと同様に、この解釈学は自らの意味を歴史的な連関に見出すのである。

  このことがまずもって述べているのは、〈哲学的解釈学による論及は、本質的に――また単なる事実という意味においてではなく――日常的な了解のコンテクストに属している〉ということである。他方、こうした帰属関係によって哲学的解釈学の言語的可能性が規定される。この言語的な可能性は、日常的な了解を測る尺度を持たずに、この了解に適していなければならず、非哲学的な制限の下での哲学的な可能性として効果を発揮しなければならない。解釈学による論及は、日常的な理解がわかりやすい仕方で自分自身であらしめるようにするために、この日常的理解に影響を与え、これを変更させるべきである。このようにみるなら哲学的解釈学は、自己理解のための説得であり、ちょうど方法的もしくは芸術的な意味――この意味では修辞学は解釈学でもある――ではない修辞学である。ガダマーが述べているように、修辞学と解釈学は互いに「語ることができる」と「理解することができる」(GW.2,280)ものとして一致する。

  ここでは修辞学ということで、自分よりも弱い者に対して自らの意見を押し通す強力な能力が意味されている訳ではない――そうだとすれば理解できることは語りとどのように対応することになるのか。むしろガダマーは修辞学を、哲学的に説明され雑居物を払いもした形式――プラトンにおいてこうした形式での修辞学が見出された――において取り上げている。ガダマーは『パイドロス』において出会っているのことだが、こうした修辞学と解釈学との連関はすでにガダマ ーの初期のプラトン書において述べられている。すべての会話がそうであるように、説得への試みが事柄をありありと思い浮かばせるのだから、語り手は自らの聞き手とともに「同意」(GW.5,61)を前提としなければならないが、このことは語り手の戦略的意図に統合され得ない。なるほど、力を溜め込みそれを高めることにかかわる語りの技術は「真性な了解」であろうとはしないが、それは「真の了解の仮象としてそうした了解の構造の鏡」である。ガダマーが付け加えているように、プラトンは「この仮象を芸術的に使いこなすことそれ自体が弁論術上の洞察」を前提していると証明しているという(GW.5,62)。このように修辞学は、弁論術の歪められ拡散した対立物である。この弁論術において修辞学は、本来の自分となる可能性を見出すのである。

  しかしこの結論はまだ曖昧である。プラトンの説明の技術と雑居物除去の技術が登場した後で、自分自身に至る修辞学、もしくは修辞学的仮象の真理としてこの仮象と入れ替わる弁論術が成立可能となる。ガダマーは最初の説明の技術を擁護しているが、これは、ガダマーがプラトンの意図を完全に理解している限りで、意識的にプラトンに対して向けられた決意という意味でのみ理解される。ガダマーは〈『パイドロス』で示されることになるのは、修辞学が「結局のところ哲学のうちに、弁論術的知の全体のうちに吸収されざるを得ないということである〉と述べている(GW.2.306)。しかしこれに続けて、修辞学は「弁論術と、つまり確信することである説得行為と切り離し得ず、また真なるものの知とも切り離し得ない」(GW.2,308)。弁論術がなければ、修辞学は戦略上のもので、強者と弱者の図式に囚われたままである。とはいえ、弁論術と修辞学との事柄上のつながりが発見されても、それは修辞学の変容をもたらすことはない。確信が問題となる場合でも、修辞学とのつながりは説得する仕方でのみ生じる。解釈学そのものは修辞学と対応しているので、哲学的なものとしての解釈学は弁論術によって解明された修辞学となることができる。

  修辞学がこのような仕方で保持されたことは、哲学的解釈学にとってまさに過大評価ではない重大な帰結を有している。弁論術がなければ自らの事柄上のつながりを解明された修辞学は存在しないのだから、自らを修辞学と理解する解釈学も、自らが本質的に弁論術に属していると仮定しなければならない――それはちょうど、解釈学が実践哲学をモデルに自らを自己了解することで理論哲学であることを示したようになされなければならない。他方、弁論術や理論哲学とのこうした相補関係は、自分本来のものであるところの、つまり解釈学であるところの哲学的解釈学と対応しなければならない。解釈学的哲学がなければ哲学的解釈学は存在しない。

  このことが的を得ているとすれば、哲学としての解釈学も自己の取り戻しだけではあり得ず、古典的テクストやそこに出てくる概念性を解釈し、それによって科学のモデルに定位した哲学とは区別されるだけではあり得なくなる。むしろ哲学的解釈学は、哲学として自らを概念的に形成しなければならず、しかもそれは、古典的なテクストのうちに決定的な仕方で分類されている伝統的な概念言語の亜流になるかそれを凌駕するような関係になることではない。解釈学的経験が透明になるのは、こうした経験が自分に従属しない概念の地平において言語化される場合だけである。しかしこのことは、〈実践哲学がそうであるように、哲学的解釈学は理論的であるような解釈学的哲学がなければまさに遂行不可能なままである〉ということである。〈「理論的・普遍的な背景」が透けて見えるようになるのも、こうした背景が方法的で論述的な慎重さからは――それゆえ修辞学的な動機づけからは明確にならない場合である〉ということをめぐっては、事態は実践哲学にとっても、ガダマーがアリストテレスを考慮しつつ哲学的解釈学に対してこだわっているのと同じにならざるを得ない。

  ガダマーがプログラム上から――また恐らくは議論する上での慎重さから――哲学的解釈学の発想に制限されているにせよ、彼においてはいっそう解釈学的哲学の出発点も見出される。とりわけ、『真理と方法』の第三部で定式化された「解釈学の存在論的転回」(GW.1, 385)というパースペクティヴはいま述べたような意味で理解されねばならず、つまり言語を「解釈学的存在論の地平として」(GW.1,442)論及するという、章の標題において明確化された意図の意味において理解されねばならないのである。この地点で、哲学的解釈学の「理論的・普遍的な背景」が透けて見えるようになる。

  ガダマーがこの標題によって約束したものを実現してみせるのは、彼がどのような観点の下で言語は「世界経験」(ebed.)となるのかを展開する場合、つまりは言語が「環境世界自由」(GW.1,448)を可能にする限りで、まだ生活連関には組み入れられていない人間的生の可能性を開く限りである。言語のうちにあるということは自由であることと同義である。なぜなら、言語が存在する場合にのみ、第三の途が開かれるからである。そうした第三の途とは、行為のオルタナティヴだけではなく、体験され身に起こったことの解釈のオルタナティヴでもある。そうしたものは、コンテクストにおいて見られ規定され、他のコンテクストから区別され差異化可能であり、自らの現象の連関に基づいて問われ解釈され得るものとしてわが身に起こる。もしくは、ガダマー自身が関連づけて述べているように、「世界の方から殺到してわが身に降りかかってくるものの上に立つこととは、言語と世界を持つことである」(GW.1,448)。言語とは開けであり、この開けにおいて世界は現われるものやわが身に起こるものの作用空間として開かれるのである。

  しかしながらこうした思想は、解釈学的哲学の可能性への問いにとって決定的な帰結を持っている。言語において開かれた世界は、それ自体世界としても経験されるのである。なぜなら、世界においてわが身に起こったこととして言語化されたものは、実際、自らのコンテクストのうちにあることにおいて、それが別のコンテクストからは際立っていることにおいて、それが解釈可能性一般の下にあることにおいて自らの現われの作用空間を満たすからであり、世界はその経験の入手可能な前提だからである。世界それ自体は、そのさまざまな明確さの度合いにおいて言語化される。

  このことは解釈学的哲学についても言える。哲学的解釈学においては理解がその遂行において説明され、その作用空間におけるパースペクティヴからのみ説明されるように、理解の作用空間を直接に明確にすることは解釈学的哲学の課題である。そこで問題となるのは、世界の連関における理解ではなく、理解の世界――より正確には、どういった観点において世界は理解すること一般に備わるものの一つとなり得るのかということである。このようにして、どこから理解が生じるのかを可能にするに知ついての問いが行為のうちに備わっていて隠れたままになっているが、これとまったく同じようにして理解の遂行に備わっていて隠れたままになっている可能性が解釈学的哲学において把握される。世界は、解釈学的哲学において概念的に言語化される。

  ガダマーはこのことからより正確に言い得ることを、かつて哲学言語の無内容さを一見すると逆説的に聞こえる仕方で示唆すことで説明したことがある。哲学によっては誤った提案がなされ、その対象は「世界における観察可能な事物や出来事のように与えられ知られている」(GW.8,237)という。むしろ世界は「もっぱら概念という媒体において」(GW.8,237)、「それぞれの思想がお互いをお互いのうちで思弁的に映し出すこと」において動いており、それゆえに哲学言語は「自らを止揚する言語、無内容であると同時に全体に行き着くもの」(GW.8,238)であるというのである。言い換えれば、哲学的概念はそれ自体で規定可能な事柄を内容としているのではなく、世界をその変化がもたらす多様なアスペクトの下で展開するのである。それ自体で規定可能なものとして現われるものは、それが名指される限りで、たんなる哲学的反省のきっかけ、出発点、決まった観点における世界の通告となり得るにすぎない。しかし、そうした観点がどれも分離できない以上、哲学的命題は文字通り「何も」――そのつど個々のものとして成立し得るような規定されたものは何も述べてはおらず、むしろ世界「全体へと」向かっている。

  プラトンの弁論術を例に取るなら、哲学言語の無内容性というガダマーの思想は正しくしっかりと説明されるかもしれない。『ソフィステス』において「主要な理念」どうしがそれぞれ関係づけられている場合、『パルメニデス』において一者の概念がコンテクストに拘束されていることを示そうとするのと同じ仕方で問題となるのは、〈そうした関係の体系をどう記述するか〉ということであり、〈この関係の体系のさまざまなアスペクトや部分はただ理性的にのみ把握される〉ということである。ある理念を「それ自体で」確固なものとし、あたかも存在する対象であるかのように捉えようとする試みは、その理念の真の理解のそばをかすめることである。諸々の理念は差異のうちに一体となっていて多様性の全体ないし包括的な網を形成しているために、プラトンの弁論術においてそうした理念は、実際に意味を有しているだけの言語の文法がさまざまに規定されるのと同じ仕方で相互に関係づけられている。しかしこのような仕方で考察することによって、無内容の思想はまったくその逆説的な性格を失うことはない。哲学の概念性はまず多様性の網とかかわるとしても、世界をもった意味の文法はいつもその記述能力によってのみ把握可能となり、それゆえにこの文法がある焦点に集中するのと同様にある決まった現象に集中することによって把握可能となる。その限り、『ソフィステス』の論及は『パルメニデス』の論及を超えている。『パルメニデス』の思考の進め方は立場上エレア派の一元論に向けられ、〈個物は自己性、多様性、運動、静止や存在といった他の「主要な理念」がなければ思考されない〉という本題において展開することになる一方で、『ソフィステス』の理念弁論術的な論及はソフィストのあり方への問いに結びなおされている。ここでは詭弁が、理解された世界の構造を寄せ集め、ある決まった観点での論及に対してこの世界の構造を解明する現象である。その限りで、対話の開始は、ある事柄とその地平を記述によって指し示し、事柄が一者において自らを示す可能性を記述によって指し示すという意味で「現象学的」と呼ばれる。

  ガダマーが概念的な思考や会話の記述的であるよりはむしろ思弁的で無内容な側面を主張しているとしても、そうするにいたった動機はすでに『真理と方法』において認識することができる。概念の無内容性がラディカルに主張されればされるほど、変化について語り、別なものに向けられた言葉が言語の基礎としてより力強く登場し、またその際、哲学が解釈学によって自己を取り戻すという思想もより納得のゆくものとなるかもしれない。ガダマーは〈会話において言語は「自ら本来の姿」(GW.1,449)をもつ〉と述べている。まさに、言語による了解は「了解されるべき対象を――係争点が両派の真ん中に置かれるように――自己了解する者の前に置く」(GW.1,450)のだから、あらゆる伝達意志が知らされ、世界の現前化が言語において支配的なものとなる事柄経験もまた存在する。この経験と一致するのが、詩作の可能性であり、同様に現象と現象性に関心をもつ解釈学的哲学の可能性である。