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un coin quelconque de ce qui est

ドイツ・フランスの解釈学・美学関連の論文を翻訳・紹介

ポール・リクール「解釈学的論理学?」(1981年)[2/2]

 

 

 


              第4節 解釈学の応答

 解釈学の普遍性の防衛は、ガダマーとその門弟や、その名を引き合いに出すことなく彼に組する者たちによってさまざまな水準へと導かれていった(74)。

 (a)[H・R・ヤウス、J・リッターの解釈学]
まだ形式的な最初の水準では、万人が一致して〈解釈学の普遍性志向と、反省が開始される経験領域の限定的性格とを区別すること〉を認めている。したがって、なるほど人文科学の問題系の限定的性格を告発することはできるが、『真理と方法』においてでさえ、この問題系は反省によって概観される空間のすべてをカバーしていない。歴史経験は芸術経験と言語経験との間に枠取られている。芸術経験は、事柄の真理が美的判断力に先行することが明白に現わされる点で、きわめて特別な優先権すら有している。言語経験にかんして言えば、たしかにそれはテクストや翻訳といった問題系に還元される場合には、それ自身制限されることにはなるけれども、開始点とされた[芸術と歴史という]限定的な領野のすべてを止揚する原理を含んでいる。
 そういう訳で、『真理と方法』がとるのとは別の開始点を提案することができる。たとえば、古代人の修辞学がギリシャの哲学に対してなしたことは、解釈学がルターの思考やドイツロマン主義に対してなしたことと同じだったのであり、[ここでは修辞学も解釈学も]伝統との固い絆が解消されないように対処する試み、消え去ろうとしている物事を把握して意識の光で照らしだそうとする努力であったのだ。古代の修辞学もまたそれ自身限定的であって、解釈学が書かれた言述の表現にいっそうかかわるのに対し、この修辞学はむしろ口頭の言述や聴衆に対するその影響にかかわるという仕方でそもそも限定されている。さらに修辞学の真理要求は、説得する見込みのある議論の秩序に限られている。しかしこのように二重に限定されているからといって、古代修辞学という限定的な問題から解釈学の普遍性を再発見することができないわけではない。古代修辞学は、今日でもなお検証することのできる限定されることのない偏在性を有している。じっさい科学それ自体も、日常言語の理解という富に訴えかける修辞学を中継することによってのみ文化的な効力を発揮する。解釈学も、世界にかんするわれわれの方針のうちではほとんど見かけないものapoton(75)を対象とし、首尾よく伝統を自己化しようとする点で、これと同じ富に訴えかけている。
 解釈学の普遍性は、精神科学の問題系を相続する者たちによって探求されたのとは別の開始点から評価可能であるが、二、三の同時代の事例がそのことを確証させてくれる。
 かくしてハンス・ローベルト・ヤウスは、文学的解釈学の枠組みにおいて美的経験の問題を刷新しようとしている(76)。ヤウスの試みの解釈学的性格は、作者とテクストと読者との関係をまとめて捉え、作品の制作美学に限定しないようにする配慮のうちで証しされている。ヤウスの試みが「制作」の詩学的次元につけ加えるのは、「受容」という美学固有の次元であり、また「コミュニケーション」というカタルシスの次元である。このように彼の試みはゴルギアスアリストテレスの修辞学やカントの『判断力批判』に復帰し、それらは受容の美学と呼びうるものの多様な源となっている(77)。さらに彼の試みが解釈学に属するのは、学術的解釈の反省的契機を「理解しつつ享受すること」(78)という第一経験に根づかせようとする努力によってである。ガダマーの〈歴史の効力〉や〈応用〉といった概念から直接、彼の試みが生じてくる。とはいうものの、ヤウスの試みは次の二点においてガダマーから区別される。すなわちガダマーが古典作品に認めている「オリジナルの優位性」とある種の不変性は、ヤウスにとって理解によって産み出されるものの下に置かれねばならないと思われている(79)。しかしなによりも、作品の存在論的密度やその真理メッセージの名の下でガダマーが美的意識の抽象化に対しさし向ける批判によって、ガダマーは美的享受という鍵概念を誤解してしまうのであり、この概念は十九世紀の美の文化の失脚した形式からけっして理解されることはできず、また同時代の消費文化によるその搾取から理解されることもできない。
 「理解しつつ享受すること」をこのように弁護することは、ヤウスの文学的解釈学と、彼の文学的解釈学がガダマー美学から区別するアドルノ美学とを対立させないわけにはいかない(80)。アドルノにとって美的快楽はブルジョワの文化によって完全に堕落したものであり、ブルジョワ文化はこの美的快楽を受動的に消費しながら、制作の禁欲主義を偽って捕捉しようとする。アドルノにいわせれば、享受ではなく反省にだけ訴える美的禁欲だけが、文化産業の反啓蒙に反撃することができるのだという。ヤウスはこうした「否定性の美学」に対する返答として、まさに美的享受の社会的に「飼いならすことのできない」性格のおかげで芸術作品が有する、転覆的であると同時に教化的な機能を対置する(81)。
 しかし美的享受が独創的な経験の地位に復帰できるのは、じっさいの解釈が積み重ねてきた無欲な情動の歴史を介して美的享受が自らの富に引き戻される場合だけである(82)。享受にかんするこうした概念史は、ゴルギアスアリストテレスだけでなくアウグスティヌスにも助力を求めつつ、本質的には修辞学や詩学や護教論を通じてなされる芸術のカタルシス機能の歴史である(83)。美的享受の歴史はこれまで看過されてきた美的経験の豊かさをあらわにさせ、その豊かさは世界の否定と、美的対象のうちへのその移し変えと、社会的役割の距離化および想像上の英雄との戯れの同一化と、不服従の力能および行為のためのあらたな規範をはじめて適用する能力を一つにまとめ上げている。
 今日、ヤウスの著作は解釈学の重要な空所、すなわちフィクションやポエジーにかかわる無欲な情動の研究という空所を埋めるのにもっともふさわしいようにみえる。このように美的享受という観念はあらゆる知が根づく世界の先行理解に、厳密には言語的ではないあらたな次元をつけ加えている。ヤウスの試みは、〈共通感覚は概念知に優り、美的コミュニケーションは理論的合意に優る〉というテーゼを美的経験の概念が強化するという意味で、認識論的な論争にかかわっている。
 科学的な対象化や専門化が突き破ろうとする諸関係の具体的機構が復元されるや否や、解釈学的な反省が人間経験の別の領域から現われる。そのことが当てはまるのは、ヨアヒム・リッターの著作『形而上学と政治学:アリストテレスヘーゲル研究』(84)で扱われた政治と倫理の関係である。まずリッターは、エートスが法に切り詰められてしまうはるか以前には住む行為や家での習慣に近いものであったことを手がかりとしながら、このギリシャの概念がもともと有する豊かさを包含しようとする。そこにはノモスというアリストテレスの概念と人倫Sittlichkeitというヘーゲルの概念が根づいている。政治を権力の行使に限定することなくこれにその広大さを与え返すにあたって、国家に切り詰められてしまうはるか以前のポリスの具体的概念が同様の仕方で回復されなければならない。じっさい、ギリシャのポリティアは都市のうちで生きる者たちの関係全体をカバーするものである。ヘーゲルが、カント的な意味での権利を倫理的制度の全体の下に置いたのも同様の仕方である。このように実践の概念は、共同体の慣例によって統制された生としてその広大さを見出す(85)。
 このようにアリストテレスは、〈根源や古代の精神を持ち出して神話を正当しようとすることから手を切って、自らの正しさの具体的基準をだんだんと成熟に向かいつつある制度の発展のうちに置く思考モデル〉を提供してくれる。権利にかんするヘーゲルの哲学の方もいま言ったのと別のことを述べていない。ヘーゲル哲学にとっても、人間は「倫理的」制度のただなかでの具体的な生のうちで自らの現実や自由を見出すのである。
 こうした証明が示しているのは、科学的知の主張に直面したさいに、倫理や政治にかんする解釈学的な概念史がフロネーシスや共通感覚に活気を取り戻すべく、解釈学的哲学の多様な試みに対して行なった貢献である(86)。


(b)[精神分析構造主義、歴史理論、行為理論]
第二の水準において、解釈学的哲学は〈解釈学は誤解によって自ら言語的観念論のうちに閉じ込められているがゆえに、偏狭な概念によって制限されている〉という反論に直接応答しようとする。首尾よく応答しうるにあたって、解釈学的哲学は批判的な社会科学が用いる説明的もしくな準説明的な区分法を理解や解釈のプロセスに統合することで、自分自身を拡大させようとしている。
 議論はそれ自体、論争的な面と構築的な面とを有する。
 シンプルに論争的な観点からみると、自らの批判そのものによって解釈学が伝えることができるのは、体系的な歪曲形式の客観的説明が不完全な性格のものであることを再認識することであり、そうした再認識は精神分析イデオロギー批判によって行なわれている。ハーバーマスやアーペルの認めるところによれば、説明は高度に媒介されたあらたな理解のうちで完遂されねばならず、そうした理解は拡大され深められた解釈学に属するものである。それゆえ批判的な社会科学は、疎隔を制御された疎隔Kontrollierete Verfremdung(87)へと変形しつつ、理解を科学的水準にまでもたらそうとする野望を抱いている。ところがそうした対象化の批判的使用がふたたび独断的な対象化になりさがらないようになるのは、批判が伝統的性格と過去とのあらゆる関係に対してたんなる反定立と考えられなくなる場合だけである。〈反省は虚偽の主張を暴露し、日常実践の独断性を打破する時にのみ働き出す〉と認めることは、啓蒙主義から受け取った理性と先入見との素朴な対立に舞い戻ることである。しかし解消されるべき派生関係をたえず探しつづけ、あらゆる伝統性から解かれたこの反省のかさ上げは、言語的理解という普遍的媒介を肯定することよりもいっそう観念論と非難されてしかるべきである。
 この点にかんしては精神分析のケースが独特である。一方で解釈学は、アーペルやハーバーマスフロイト流のメタ心理学にかんして与えている解釈を追認し得るにすぎない。つまり解釈学は現象の準説明を構成するにすぎないのであって、そうした現象は体系的な脱象徴化のケースとして記述されねばならず、再象徴化は全プロセスの究極目的をなしている(88)。しかしこのように解釈されたとしても、精神分析のモデルは次の二つの理由から批判されるに値する。まず、偽りのコミュニケーションから生じた誤った理解を解消しようとする試みの全重量が、批判的反省にのしかかるという危険を冒すことになる。そうなると精神分析モデルは、観念論的な意味における反省の特権性を強調しがちになる。次に精神分析モデルは、社会的コミュニケーションのコントロールを免れた専門家という度外れな役割を医師に与える。この段階で、精神分析上の職権がコミュニケーションの機能不全の改善に干渉することは、社会的やり取りにおける妨害要因となる。こうした危機に直面しつつも、一方で重要なのは次のことを思い起こすことである。すなわち「解釈学の主張が、理解不能だったり、一般的なものではなかったり、専門家にだけ理解可能だったりするものとして生じるものを世界の統一的な言語解釈へと統合し、そうし続け」、また「実践から反省を分離してしまうと、解放的な反省の概念を同じように分離して損なう独断的な逸脱を含むことになるのではないか」(89)ということが思い起こされる。他方で思い起こさなければいけないのは、〈本来的な解釈学的状況が、患者と医師との関係に還元できない社会的パートナーどうしの関係から発する〉ということである。したがって大切なのは、解釈学的反省と精神分析の反省という二つの言語ゲームを一緒くたにしないことである。さらに神経症という言い回しであらゆる対話の失敗を捉えようとする傾向は、社会的精神医学と意見の正当な応酬とを取り違える危険性があるのであって、そうした社会的精神医学は解放のプロジェクトとさえもこの意見の応酬を対立させかねず、その敵対者は治療されるべき病人、それゆえ医療能力の下におかれるべき病人となるのである。それに対して次のことが思い起こされねばならない。それは〈病人/医師の関係が正常であるのは、病人が自発的に自ら告白する病を原因とし、また自ら懇願し助けてもらうべく医学的治療に身を任せる場合だけだ〉ということである。
 しかし私の見るところ、解釈学が自らの信用を保てるのは、解釈学がこうした問題系に限定されず、半ば呪文のように自らの普遍性を再肯定しようとしない場合だけである(90)。ところで、意味が意識的に操作できない領域において解釈学が自らの妥当性を証しするのは、解釈学が〈日常会話において用いられているのに近い初期の理解と、高度に媒介された最終的な理解との間のうちに、いかに説明が挿入されるか〉を具体的に示す場合だけである。あまり逆らわない仕方でガダマーの著作を読解しながら先に示したのは、〈伝統性、歴史の効力、地平融合といった歴史の解釈学にかんする主要なカテゴリーのそれぞれが、応用、歴史的距離化、問いと答えの問答法といった相互補完的な批判契機に助力を求めている〉ということである。残されているのは、理解と説明との分節化がそれ自体として主題化されえる正確な領域のうちで、この問いと答えの問答法の関係が有するの発見法的価値を証明することである。
 本稿の著者は、このガダマーの読解によって開かれた突破口をさらに広げ、解釈者を自分の研究領野に組み込む「帰属appartenance」と、説明の手続きおよび伝承された内容すべてに対する批判的態度一般を可能にする「距離化」との間の緊密な弁証法的な関連を設定しようと試みてきた(91)。この点にかんし私は、テクスト分析、歴史認識、行為理論といったさまざまな研究領域において優勢となっている認識論の状況を比較検討しようと思う。
 いま挙げた三つの問題系の間の相関関係は、じっさい驚くべきものである。
 それだけで取り出すなら、テクスト分析は、解釈学をそのもともとの地である釈義学や文献学に引き戻す。こうした意味でテクスト分析は解釈学の企図を、ガダマー風に語るなら「テクストにかかわる存在」へと限定してしまう(92)。しかしこれまでみてきたところ、解釈学は、特権化された経験から自らの普遍性要求をいつも評価してもらおうとしている。ところでテクストの経験は、少なくともフランスでは構造主義によってもたらされた支配的な影響力のせいで、数ある経験のうちの一つになっている。構造主義は、説明と理解との関係を完全に再評価させるあらたな状況を作り出した(93)。じっさい構造主義は対象化と説明のあらたな概念をもって登場し、それらはディルタイの時代のように、自然科学の方法論を人文科学の領域に移入することに負うところがまったくない。これらのあたらしい概念は記号論のあらたなモデルと結びつけられていて、この記号論のモデルは音声学から語彙の意味論へ、ついで文学テクスト、神話、フォークロア、物語といった、文章よりも複雑な言語体des entités linguistiquesへと次々に拡大していった。この記号論モデルは構造概念の論理的な富を活用するのだが、その構造概念によれば記号の総体は有限の基体に区分することができ、これらの基体は自らと対立する価値[差異]によってのみ定義され、規則に基づく組み合わせの働きによって、言語的意味表出のあらゆるヴァリエーションを生み出すことができる。本来の意味でのテクスト分析にかかわってくるものについて言えば、記号論モデルの応用は、〈深遠な文法と比較できる水準で機能し、意味の多様な効果によってテクストの表面上に表現されるコード〉によって支配されている自律的な本質体の地位へとテクストを押しあげる。このように、作者が目指し読者が推測する意味作用として捉えられる意味の意図という観念は、分析の領域から排除されている。かくして構造主義は、ある種のニーチェ流の批判を組みこみ、アルチュセールが行なったようなマルクス構造主義的解釈そのものを拠り所としながら、「主体の死」への大きな貢献として数多くの読者の前に現われ、構造主義の外部からはミシェル・フーコーの『知の考古学』(94)がこの「主体の死」を診断している。
 記号論の挑戦に対し解釈学は、〈テクストそのものは、作者とテクストと読者を包括する具体的で完全な操作から抜き出された抽象物である〉と断定してさえいればよいという訳にはいかなくなる。解釈学はまた〈何がテクストの抽象化を可能にし、何が記号論タイプの説明に訴えることを正当化するのか〉を示さなければならない。私のみるところ抽象化と対象化の手続きは、生きたパロールと対比されるエクリチュール(もしくは刻字inscription一般)の身分それ自体から生じている。じっさいエクリチュールは、ディスクールを[紙や石版、羊皮紙といった]物に固定化することにけっして切り詰められることはないのであって、そうした固定化はよりいっそう基礎的な現象、つまりテクストの自律という現象の条件である。テクストは三重に自律的なのであって、それは[①]作者の意図、[②]文化的状況およびテクストが生み出されるあらゆる社会的状況、そして[③]もともとの送り先から自律的なのである(95)。〈テクストはもはや作者と一致しない〉ということは、〈言葉の意味作用significationと精神の意味作用はそれぞれ異なる運命をもっている〉ということを言わんとしていたのである。自律性のこの第一の様態は、〈「テクストの事柄」が当の作者によって限定されていた意図の地平から洩れ出す可能性〉と、〈テクスト世界がその作者の世界を破裂させる可能性〉をすでに含んでいる(96)。しかし心理学的条件にかんして真であることは、社会学的条件にかんしても真であるにもかかわらず、作者を厄介払いする覚悟のできている者でも、社会学的な秩序においてこれと同じ操作をする覚悟ができているわけではない。芸術作品や文学作品の固有性、またたんなる作品の固有性とは、いかなる場合でも制作の心理学的・社会学的条件そのものを超出することであり、そしてそれによって無限に連なる読解(読解それ自体はいつも異なる社会文化的条件に置かれている)に開かれていることである。簡単に言うなら、しかるべくして作品は、社会学と心理学それぞれの観点で脱コンテクスト化し、読解行為が生み出すものを別様に再コンテクスト化することができるのである。こうしたことから、〈テクストによる媒介は対話状況の延長として特徴づけることができない〉ということが帰結する。じっさい対話においてはディスクール同士の対面が話し合いに先立ってなされているが、エクリチュールによって当初の送り先は超出される。作品は当初の送り先を越えそれ自体で聴衆を作り出し、読むことのできる者なら誰に対しても潜在的に理解される(97)。このように解放されることのうちに、解釈の核心部で批判的審級を再認識するためのもっとも根本的な条件を理解することができる。この意味で、距離化は媒介それ自体に属している。したがって〈説明を経由すれば間主観的な理解が破壊される〉と述べることはできない。ディスクールが外的なしるしmarquesによって外在化され、「文字コード」のうちに登録されるや否や、ディスクールそれ自体によって媒介が要請されるのである。
 しかしテクスト理論は、説明と理解の弁証法そのものを主題化できる唯一の枠組みではない。哲学的人間学にとってテクスト理論は、いま行なわれている論争を実りあるものにすることのできる「場」の一つにすぎない。
 歴史理論がこうした場の第二のものである。ここでもまた実証主義と反実証主義との対立が、理解と説明との関係についてのいっそう弁証法的なアプローチをこんにち要求している。W・ドレイ、A・ダントー、L・ミンクによって先導された、ヘンペル・モデルに対する議論は、ディルタイ解釈学の議論と結びつくことになる(98)。大陸の解釈学的哲学のうちで英語圏の論争がこのように取り上げられていることはすでに言及した。しかし、理解がなければ歴史家は自らが記述し説明する事実に最少の意味作用を結びつけることすらできないわけだが、そうした意味での理解に基づいて、客観的で説明的な歴史探求inquiryがいかに分節化されるかを知るという問題は、手つかずのままで議論されていない。理解に基づく説明の分節化が探求されねばならないのは、疑いなく物語りの活動それ自体のうちである(99)。
 第三の「場」である行為理論についてはいっそう注意を向けることにしよう。解釈学はここで思いがけず、ウィトゲンシュタインやオースティンから発した分析哲学の動向に出くわす。この点にかんし、二つの状況の並行関係がとりわけ示唆的である。意図にもとづく論者の陣営と因果性に基づく論者の陣営とを対立させてきた二分法は、私がテクスト論で戦っている二分法と似ている。意図にもとづく論者にとって、行為、意図、動機、行為主などの重要な表現によって成り立つ言語ゲームは、運動、因果、行動comportementといった表現を含む言語ゲームに還元することはできない。ところでこうした二元論は、テクストにおける理解と説明の二元論がそうであるように、おそらく維持できるものではない(100)。それにはいくつかの理由がある。まず行為の経験は一連の連続した場面にしたがって区分され、動機が言葉のアリストテレス的な意味での因果であるこの場面は、合理的な動機づけから欲動的な動機づけに向かう。次に〈どんな動機も、もしそれが同時に因果でないならば説明の価値を有さない〉と述べなければならないだろう。この点については、分析哲学にはあまりなじみのない生活世界の現象学が、〈どういった意味で自分の身体は存在論的な平面で、因果性や動機の体制にとっての共通の根となっているのか、またそれゆえに説明と理解にとっての共通の根となっているのか〉を理解させる適正をこの段階で唯一、疑いなく有しているだろう(101)。[意味するものと意味されるものという]意味論上の二元論や[認識する者と認識されるものという]認識論上の二元論に対抗するよりいっそう決定的な議論が生み出されるのは、行為が世界に挿入される条件を吟味することによってである。H・フォン・ライトは『説明と理解』において、一方で理解と説明の条件の再定式化を提案し、他方でそうした定式化によってこれらの条件をまとめ上げて世界への〈意図の介入intervention intentionnelle〉という観念にすることを提案している(102)。説明の条件の再定式化は、システムの理論と、必要条件と十分条件との違いにかんする厳密な分析からなされる。行為の可能性は、先行分析の管理下に置かれた〈閉じたシステムの隔離isolation〉という条件を考慮することで導入される。われわれはシステムを動かしながらこれを隔離することを学ぶ。われわれがシステムの初期条件とともになしうるのは(それはダントーの言うところの「基礎行為basic action」(103)であるが)、われわれが或る行為に対応させながらなす行為である。行為主が事象の経過へと介入するのはこのような仕方によってである。介入は、われわれの行為能力の理解と現実のシステムの説明とが交叉する場である。したがって心理主義と物理主義との二分法は、世界における人間行為の誤解から生じたもののように思える。介入のモデルから帰結するのは、〈人間科学が、準目的論的で準因果的な説明とを活用しながら科学的な認識論の身分を要請する〉ということである。このようなかたちで社会科学における、とりわけ歴史における説明の複合的身分は正当化される。イデオロギー批判における準説明の身分についてK=O・アーペルが出した結論を思い出すなら、こうした結論の転向に衝撃を受けることはなかろう。しかもウォン・ライトの方も、『説明と理解』の第一章において、一方でガリレオ、他方でアリストテレスに結びつく科学的探求の「二つの伝統」の永続性を承認している(104)。それゆえこれら二つの伝統の認識論的な交わりの場を規定しようとするフォン・ライト自身の試みが、ハイデガー以後の一部の解釈学の場と接続することは、驚くべきことではない。
 こうした三重の分析から〈理解と説明は二つの方法として対立することはない〉ということが帰結する。厳密に言えば、説明だけが方法的である。理解は説明に先行し、つき従い、これを終わらせる非方法的な契機である。この意味で理解は説明を包括している。逆に説明は理解を分析的に発展させる。こうしたことは、存在論的な平面でいうところの〈存在者êtresや存在そのものl’êtreにわれわれ自身が帰属していることと、あらゆる対象化、説明、批判を可能にする距離化との関係にいっそう深遠な仕方で巻き込まれている状態〉を認識論的な平面に投影してみせることである。


 (c)[解釈学は超越論として普遍性を主張できるか?]
いまなしたこの注記が第三の水準へと導いてくれる。それは解釈学が自分自身のディスクールにもとづいて行なう反省の超越論的性格にかんするものである。
 解釈学が理解に認識論の身分を与える説明的な段階や批判的契機を含んでいるにせよ(第二の水準)、もし解釈学が反認識論的でなく、認識論の非認識論的条件についての反省であるなら(第一の水準)、解釈学は、ドイツ観念論以来、超越論的な議論に結びつけられているある種の科学性を自らのために引き受ける必要はないのではないか。数ある者のなかでもそのように促しているのは、ちょうど「解釈学の科学論的役割について」と題された論考におけるR・ブプナーである(105)。じっさい解釈学は、世界のあらゆる理解の「前提」についての反省であり、それゆえそうした理解に基づいて築かれている知の条件についての反省である。この意味で解釈学は超越論思想、それも特別なジャンルの超越論思想なのであって、それについてはアーペルが、身体的ないし社会的アプリオリと意識のアプリオリとを対立させながら示したとおりである(106)。
 しかし、〈何らかの認識主体に自分自身への透明性とあらゆる知(そこには自分自身についての知も含まれる)の可能条件の体系を与えよとする超越論思想固有の主張〉と、〈あらゆるディスクールの条件はまったく制御することができず自己にとって透明ではないと認める、解釈学に本質的な告白〉との間にある根深い相違を見過ごすなら、[解釈学と超越論との]接近がひどく錯綜したものとなってしまう。知の可能条件の歴史性は、ちょうど全体的な反省の不可能性のうちに存する。
 ガダマーが[ハーバーマスへの]「応答」の論争で次のように述べるのはこうした意味においてである。「解釈学が了解Verständigungであるにせよ、科学、批判、反省には解明できない概念によって議論が支配されているのと少なくとも同じくらい、解釈学について自己理解することは困難である」(107)。哲学的解釈学の最終的なテーゼによれば、〈そうした解明は完遂されえない〉。たしかに解釈学は技術以上のもの、つまり解釈技術論Kunstlehreである(108)。そのようなものとして解釈学は、あらゆるテクネーを凌駕するフロネーシスに属している。したがって解釈学は反省タイプの知を包括している。しかし反省はこうした理論的活動のすべてとはなりえないだろう。反省はけっして全体的操作の批判的部分だけを指しているのではなく、そうした批判的部分ですら言語共同体(「対話共同体Gesprächsgemeischaft」(109))によって支えられている世界の前科学的な理解と反省との結びつきをけっして断ち切ることはない。どういった限界も理解行為のコミュニケーション性に認めることができない以上、普遍性要求が最終的な権限でもって結びつけられるのはこうした前科学的な理解である。
 全体的反省のこうした不可能性は、解釈学的哲学がどうして他のどの哲学よりも自らの歴史に敏感であるのかを疑いなく説明してくれる。じじつ解釈学的問いの歴史から始めていないのは、解釈学的哲学にかんするごくわずかの報告説明くらいのものである(110)。たしかにこうした歴史に客観的な意味や「明晰」な目的論を見出すことはできる。この歴史は増大する徹底化や普遍化の歴史であって、解釈学が聖書釈義と古典的文献学と法解釈学という三つの領域に分解されてしまった実践的規則の寄せ集めに切り詰められた第一段階から、解釈学が理解一般についての認識論的反省に高められた第二段階を経由し、そして最終的に解釈学が解釈学的哲学として自ら思考し、認識論が存在論に元づけられる第三段階へと進んでゆく。しかしこうした解釈学の歴史の目的論は、他の学派の思想の発展史のうちで明示されている目的論と異なるところがなく、解釈学に深く刻みこまれた歴史性をなしていない、つまり〈解釈学がそれ自身、まったく自分自身には透明ではない思想の歴史に属している〉という事実をなしていない。そういう訳でこの歴史は[解釈学の]運動の自叙伝には還元されず、はっきり言って自分自身の歴史の解釈学的解釈をなしている。〈伝統が人文主義やルターの時代以来、また啓蒙主義ロマン主義の時期に自らの規範的な力を失った時に解釈学が誕生し、また科学の文化的優位性と、マルクスニーチェフロイトによる現代文化の核心に植えつけられた懐疑とが重なり合うことで、解釈学のハイデガー的な定式化とハイデガー以後の定式化が、文化的伝承のより徹底した危機と同時代となっている〉ことに変わりはあるまい(111)。
 解釈学の「状況」に特徴的で、それゆえにそれ自身の情状性Befindlichkeitを構成する有限性の第一の特徴は、解釈学の「ディスクール」に特有で、それゆえにそれ自身の理解Verstehenに内在する有限性の第二の特徴、すなわち〈解釈学的哲学は歴史から形而上学へ逃れることができない〉という特徴につながってゆく(112)。解釈学的哲学は、その反省の超越論的特徴にかんしての主張を主体の哲学のなかに書き込み、精神科学と自然科学との相違についての言及を、客観的精神にかんするヘーゲル哲学の遺産のうちに位置づけ、精神による産出と生の表現とを結びつける試みを、精神の哲学と生の哲学とのおそらく不可能な総合のうちで行い、そして解釈学的哲学は、世界の歴史的理解と現存在(113)とを関係づけるにあたり、カント、ヘーゲルロマン主義という三つの遺産を廃棄することなくこれらを併合しまとめ上げる哲学的人間学におそらくなおも囚われ続けている。ハイデガーの「ケーレ」は、こうした告白ぬきには意味をなさないだろう(114)。「ケーレ」以後のハイデガー哲学と、存在論を再考し、詩作することに近づいたりそこから遠ざかったりする思想のおかげで存在論を超越する継続的な試みにかんし、哲学的解釈学が証ししているのは、〈ヨーロッパ哲学の思弁の伝統によってハイデガーの哲学や存在論の超越を終わらせることはけっしてできず、その「破壊」は、ヨーロッパの思弁の伝統が思考してきたものをより根源的に思考する一つの仕方でしかありえない〉ということである(115)。
 解釈学とそれ自身の歴史との争いの根深い原因がここにある。この争いは終わりなき課題を背負った年代記の序章ではない。この争いは、解釈学の暗黙の前提やそれ自身によって言われないことを明らかにするにあたって、有限性を意識した解釈学のただなかで行なわれる戦いであり、この点にかんして解釈学は、総合的な解明が不可能であることを知っている。自分自身にかんする解釈学のディスクールに影響を及ぼすこの解釈の有限性によって、この[自己解釈の]ディスクールは最終的に超越論哲学と同化することを妨げられる。

 

 

            第5節 解釈学と分析哲学との対決

 われわれには、解釈学自体のこうした終わりなき年代記に含まれる二つの課題が与えられている。それは、解釈学のディスクール自体の条件や前提を反省するという課題と、論理的で認識論的な関心によって規定されている哲学との比較によってこのディスクールを位置づけるという課題である。すでに第一の課題についての反省は終わった。第二の課題についていえば、それは解釈学の限界について議論したさいに着手された。それはとりわけ、ハイデガーやガダマーの意味で言語の解釈学と、後期ウィトゲンシュタインの意味での「言語ゲーム」との間に推定された類比関係に言及することで始められたのだった(116)。両者の間の論争がハイデガー以後の時代のもっとも重要な中心問題となっている以上、この論争それ自体に答える時が来た。
 〈これら二つの思想潮流が言語の問いをめぐって出会う〉ということは、こんにちでは自明の理である。しかしそのように出会うからといって、それが両者の収束となるわけではない。両者の拡散は相互交渉のいっそう精緻な形式をのちほど提起してくれるとはいえ、いちばん重要な収束の代わりにむしろそうした拡散が生じているように思える。
 この論争の端緒を開いたカール=オットー・アーペルは、世界を理解するさいに両者によって言語に与えられたそれぞれの機能の表面的な類比関係から始めようと提案している(117)。そこからアーペルは、二つの対決の水準を設定する。それはすなわち、カルナップと『論理哲学論考』のウィトゲンシュタインの水準と、もう一方の『哲学探求』の水準での対決である(118)。
 第一の水準では、意味と理解の逆転した関係のうちに両者の対立のすべてを要約することができる。ルターからシュライアーマッハーまでの解釈学の側からすれば、意味はおそらく疑いのないものだといっていい。問題となるのは意味を理解することだ。意味がその規範的な力を失ったとしても、意味への信頼は存続する(119)。かくしてディルタイと共に、意味とは限りない生の表現である。ハイデガーになると、意味の基礎は生のうちにもはやなく、自分が世界のうちに挿入されていることをつねにすでに理解してしまっている現存在のうちにある。ガダマーでは、意味の確実性は〈意味を理解すること〉への問いかけにふたたび先行する。芸術作品の美は、私がそれを判断するよりも前にもう私に知られており、伝統は私が距離化するよりも前にもう私のところに至っており、言語は、自由に操作できる体系として私がそれを制御するよりも前にもう私を教化してしまっている。こうしたあり方すべてによって、意味への帰属は言語の論理に先行している。そういう訳でけっきょく解釈学は、つねにすでに理解されているものの誤解との闘いであり(それはたとえば、われわれ自身という存在者と実体的で操作可能な存在者との混同、存在そのものと存在―神論における至高の存在者との混同であり、つまりは存在と存在者との存在論的差井の誤解である)、この誤解は形而上学によってもたらされた混同から生じる場合もあるし、方法論的な対象化や疎隔から生じる場合もある。
 [これに対し]分析哲学にとって問題となっているのは理解でなく、意味の前提である。問われているのは、意味をアプリオリに合理的ないし無意味とみなすことのできるものの違いの基準である。この違いを決定する唯一の方法は、内容の考慮に先立って意味の基準をアプリオリに設定ことである。ここでさらに分析哲学の内部で[意見の]拡散が始まる。すなわちある者たちはこの基準を言語の論理形式のうちに位置づけ、別の者たちは命題の経験的検証可能性のうちに位置づけ、さらに別の者たちは一方で実践的効力の形式のうちに位置づけたり、他方で操作上の価値の形式のうちに位置づけたりしている。しかしこうした三つの形式に拡散しても、「意味の基準」の結論は、〈解釈学的哲学が引き合いに出すいわゆる前理解は、意味の誤りではなく無意味を自ら示す命題においてのみ表明されるにすぎない〉というものである(120)。もしそうした前理解についての命題が合理的に見えるとすれば、それは、そうした命題が表面的な文法の上で、意味を伝達する命題に似ている構造を表わしているからである。
 この点について、第一の意味基準(言語の論理形式)の擁護者からなされる解釈学への攻撃がもっとも有意味である。それはちょうどカルナップと『論理哲学論考』からの攻撃である。彼らの反論は以下のような表現で簡単に定式化可能である。すなわち〈存在を述語と特徴づけることなく、それゆえにカントが神の存在論的証明の批判のうちですでに否定した混同にふたたび陥ることなく、解釈学は存在の意味についての言表を定式化することはできない〉というものである(121)。こうした批判に直面した解釈学の唯一の富は、〈解釈学に適応される意味基準の方こそ、解釈学に属している密かな前提を保持している〉と反論することである。解釈学によれば、意味の「論理的」基準は、遭遇しえるあらゆる存在を〈実体的で自由に操作可能な事物〉にあらかじめ限定した思想を表明している。いいかえれば、言語論理学Sprachlogikと文法学Grammatikは、実体的で自由に操作可能な事物の存在論の限界内にありつづけている。ところで、〈自由に操作できるもの〉と〈そうしたもの一般が存在しているという観点における自由に操作できるもの〉との相違を保持することは、解釈学の課題の一つである。〈命題分析に収まらないが、自由に操作可能なものの意味と自由に操作不可能なものの意味にかんする先行的な了解が働いている場としての言語の次元〉に解釈学が訴えるのは、この相違を保持するためである。この言語の次元を論理や文法の平面に投影したところで、それは解釈学の意図や実効性を汲み尽くすことにならない。そういう訳で、すでに言及された二値命題論的apophantiqueな論理学と解釈学的な論理学との間の相違によれば、「存在」という言葉の述語的使用にかんする議論は、解釈学の言表の命題的「意味」をけっして汲み尽くすことはない(122)。
 したがって『論理哲学論考』の水準での対決は、相互に受容することなく終わってしまっている。とはいうものの、幾人かの著者たちはハイデガーと『論考』との間のなんらかの収束点を明らかにしようとした。このようにヨルク・ツィンマーマンはファーレンバッハによって開かれた突破口をさらに拡大しつつ、解釈学を〈『論考』によって要請された、命題の意味と世界内の事物の状態との間にある同質構造はいかに可能かにかんする問い〉とみなしている(123)。この点にかんし、〈意味は、何が言表の呈示Darstellungの機能を可能にするのかを「言う」のではなく、自ら「示す」のだ〉というテーゼが『論考』の解釈学的枠組みを定義づけている。〈命題は自分の意味を示す〉というテーゼは、意味理解にかんしての解釈学の問いに対するウィトゲンシュタインのもっとも一般的な応答をなしている(124)。「言語は自分自身を配慮する」という彼の断定と同じくらい、この応答について述べねばならない(125)。『論考』と同様、解釈学も「意味」の可能性限界にかんする反省をその射程に収めているがゆえに、有意味sinvollと無意味unsinnigとの線引きやその「独我論的」含意(それによれば主体が世界の限界をなしている)にかんする反省を射程に収めている。最終的には次のような否定的なテーゼと肯定的なテーゼも解釈学に属しているのだが、前者によれば哲学は、対象としての言語と自らとの関係を「説明」できるメタ言語となりえず、またこの否定的テーゼの対極をなす肯定的なテーゼによれば、哲学と言語との反省的な関係は有意味な命題のうちでではなく、解明Erläuterungenのうちで表明されるのであって、この解明は述べるのではなく見させるために無意味である(126)。さらにつけ加えなければならないのは、〈述べること、示すこと、沈黙することの間の関係にかんするウィトゲンシュタインの反省が、ホフマンスタールリルケカフカが反省していたことと結びついて影響を受けていた〉という事実が、『論考』のテーゼの暗に解釈学的な性格にかんする間接的な証言となっていることである(127)。
 ツィンマーマンによるこうした注記は、基本的にアーペルによる注記と矛盾するものではない。もしウィトゲンシュタインの解釈学なるものが存在するなら、それは[伝統的なものとは]ちょうど別の解釈学である。提起されている問いはまさに、「解釈学」の伝統の外部にあるような解釈学について語ることができるかどうかを知ることである。
 ハイデガーの解釈学とウィトゲンシュタインの『哲学探求』との間のいっそう明白な関係によって、問題にいっそう肉薄することができる。
 アーペルがこの二人の思想家のもっとも緊密な類比関係ともっとも根深い拡散とをみるのは、じっさいこの水準においてである。両者の類比関係は疑いない。ウィトゲンシュタインによって確立された〈言語ゲームと生活形式との連関〉は、ハイデガーによって暴露された〈理解と気遣いとの連関〉を喚起させるものではなかったか。〈世界のあらゆる知は言語の平面で分節化される〉というウィトゲンシュタインの理念は、ガダマーにおける世界の言語的次元についての観念のうちに反響してはいないだろうか。『探求』における私的言語の批判は、ガダマーと(ハーバーマスやアーペルを含めた)その後継者たちに共通する、先行了解、文化伝承といった理念のうちに伸び広がってはいないか。またディスクールの作用の理論は、ハンス・リップスの『解釈学的論理学』の予弁法に連なるものではないのか。[ウィトゲンシュタインハイデガーとを]接近させる試みは、二つの学派が〈問題なのは物自体、絶対的主体、独我論である〉と主張する古典的な形而上学を共通の敵としている、という事実によってさらに強化されるように思われる。ウィトゲンシュタインにとって深層文法が暴露するのは擬似問題であり、ハイデガーにとってそのように暴露されるのは、西洋哲学の「形而上学」に固有の誤解から摘出される最良の形式である。しかし、問題を形而上学の幻想として解消する批判[ウィトゲンシュタイン]と、西洋の思弁の伝統のうちに独断的に孤立化した形式を見出し、それらの形式をいっそう根源的な形式へと導いてゆくことができるとする思想[ハイデガー]との間には、ちょうど深い溝が掘り込まれている。過去の評価にかんするこうした根深い相違は、結果的に、哲学の課題そのものにかんする非常に異なった評価をもたらす。超越論的な反省という表現で解釈学を定義することに何か困難があったかもしれなくても、こうした定義は『探求』からすると問題ありとされるものどころではなく、単純に不可能なのだ。解釈学的哲学から見ると、言語ゲームの理論は、言語ゲームそれ自体の可能性の条件について反省することができない。つねにディスクールがある言語ゲームのうちから始まるのなら、そうした言語的条件にかんする反省はどのようにして可能となるのか。存在の理解が言語ゲームと一体のものであるなら、どういった言語ゲームのうちでそう言えるのか。もし哲学の活動を言葉の規約に還元したくないのなら、哲学の言語ゲームをあらゆる言語ゲームに先行する世界内存在の理解にしっかり基づけなければならない。哲学の伝統の多彩な評価がその帰結のすべてを広げてみせるのはこの地点である。つまりもしあらゆる思弁的な言語が、解決ではなく解消が求められている擬似問題をただ運んでくるだけなら、それを語る哲学も同じことなのではないのか。アーペルは、こうした最終的な拡散からあらたな収束が生まれる可能性があることを排除していない(128)。しかし彼はそれを述べるにはあまりに早すぎた。多く見積もっても、以下のような二重の提案が可能なだけである。すなわち、[①]純粋な規約主義から逃れようとするか、もしくは〈言語それ自体の規定や体制について言語が根本的に反省するとはどういうことか〉を説明しようとする分析哲学のあらゆる試みが、解釈学の目指す方向に向かっている。[②]逆に、解釈学の論理を命題として文字化inscriptionするさいの条件を定義づけようとする解釈学的哲学のあらゆる試みは、哲学の言語ゲームとその他の制度化された言語ゲームとの、創造的でありかつ批判的な関係についての反省に引き戻さなければならないように思われる。この論争の中心問題は、哲学と哲学自身の歴史との関係なのだ。言語哲学は、自らが縁を切ったものを含みもしない仕方で、哲学の伝統すべてから前代未聞なほど断絶しているのではないか。もしくは「形而上学の破壊」は、思弁哲学の伝統を媒介的に再自己化することで、人類どうしの歴史的対話を続行させるような途なのではないか(129)。アーペルによる意味批判と言語解釈学との二重の対決がなされるのは、まさにこうした問いにおいてである。
 ツィンマーマンが垣間見ているのは、これとは別の要件である。彼にとって言語ゲームにかんする解釈学がいっそう豊穣に思えるのは、それがロマン主義の伝統およびリップスやガダマーやハイデガーの哲学的試みに負うところがまったくなく、解釈学に固有の先入見にかんする批判的反省からもっぱら生じているからであり、またそうした先入見が合理主義者や経験主義者の思想の先入見とも一致するからである。ツィンマーマンの解釈学が解釈学を完成させ矯正するようになるのは、こうした代価を引き換えにしてである。ウィトゲンシュタインの反省の解釈学的性格が本質的に存するのは、自然言語をあらゆる意味理解の基盤ないし地平として指し示すことのうちにおいてである。ウィトゲンシュタインにおける解釈学的循環については、このような仕方で語ることができよう。『論考』以来この解釈学的循環は、命題と事象état de choseとの同形性のうちに、またその派生事象として、言語の外部について哲学することの不可能性のうちに存在していた。しかし『探求』と共に、言語に含まれている先行理解の分節化は、存在―論理学的性質のアプリオリな構造に備わる「見させることlaisser voir」のうちにはもはやなく、〈話すこと〉の事実的な前提を生活形式のコンテクストにおいて再認識することのうちにある。実のところ著者[ツィンマーマン]は、ウィトゲンシュタインハイデガー/ガダマーとの可能な接近が価値を有するのは、『探求』からプラグマティズム的、つまり行動主義的な解釈を排除することができる限りにおいてのみであると睨んでいる。ところで「深層文法」への訴求は、行動の「外的」基準と同様に、私的な精神現象の「内的」基準とも対立する。以後、行動主義は心理主義の裏面でしかない(130)。『探求』の解釈学はじっさいむしろ、世界との関係すべてに先行する事実的アプリオリをなすものである文法的秩序の偶然性のうちに存する。たしかにツィンマーマンは、外部の反省をすべて排除する哲学的な文法の普遍性要求と、言語によって規定されたゲーム、つまり「形而上学」のゲームを破壊すべきだとするその批判的要求との根深い葛藤を否定するにあたって、アーペルと合意している(131)。しかしツィンマーマンがウィトゲンシュタインの解釈学に対してなした重要な留保は、〈精神科学の可能条件をめぐる反省領域の外部をなす解釈学が存在する〉という単純な事実から、ツィンマーマンが解釈学それ自体のために引き出す帰結ほどは重要でない。
 この点について、先に言及した重要な収束は、解釈学のいっそう広大な枠組(一般に言われているように、この枠組みにおいて精神科学の解釈学は完成され、何より矯正される)をはっきりさせるのに役立たねばならない。アーペルのように『存在と時間』と『探求』との比較に限定されないなら、精神科学の解釈学の〈完成〉は比較的はっきりしているように見える。『言葉への途上』によれば、言語の自律性という発想は、〈言語は「自分自身を配慮する」〉というウィトゲンシュタインの断言をあらたな光のもとで登場させる(132)。いっそう隠された[両者の]並行関係がふたたび発覚するとすれば、それは倫理、美学、宗教およびウィトゲンシュタインにおいて〈おのずと示すもの〉、つまり〈沈黙しているもの〉、〈おそらく別様に語るもの〉という題目の下に含まれているものすべてにかんする彼の著作が問題にされる場合であろう(133)。しかし精神科学の解釈学の〈矯正〉は、おそらくその完成よりもいっそう重要である。ウィトゲンシュタインの解釈学の関心は、精神科学の問題系のうちにそのもともとのつながりを有しておらず、歴史の伝承を中心軸としていない。この解釈学にとって歴史性は、その主義主張によって疑ってかからないなら、日常の言語ゲームの事実性に比べ、二次的なものである。解釈学の領域のうちにウィトゲンシュタインを含める場合、[解釈学において]言語による媒介の歴史性が特権化されていることに異議を申し立てるなら、彼を解釈学に含める効果は薄れてしまう。[しかし]〈何かが西洋の思弁の伝統のうちでわれわれに語りかけつづけている〉とする哲学と、日常におけるディスクールのアクチュアルな実践に原理上のアクセントを置く哲学とが相容れないことに特効薬がないのかどうか自問することだけは可能である。かくしてこうした議論のおかげで、解釈学の概念そのものがなんらかの分岐をなしていることがはっきりとわかってくる。
 まず言語的理解の解釈技術論Kunstlehreにとって、テクスト解釈は特権的なモデルでありつづけるのだろうか。それとも言語それ自体は、美的享受のケースのように、非言語的でありうる「理解経験」と比べて二次的なものなのだろうか。
 もし二者択一の最初の分岐を選択するなら、[①]理解の課題はかつて「考え」られていたことを「ふたたび考え」、かつて「産出」されたものを「ふたたび産出する」ことであると言わねばならないのだろうか。それとも[②]理解それ自体は、文化や生のコンテクストの新しさのうちで意味を「産出」できるのだろうか。第一の仮説[①]の場合、基本経験は歴史の媒介、つまりけっきょくのところ伝統でありつづけ、伝統は、われわれが伝統を反省できる以前からわれわれに向けて発せられ、われわれに思考させている。第二の仮説[②]の場合、歴史の媒介は、日常的な生の斬新な状況におけるディスクールのあらたなコンテクスト化と比べれば二次的なものである。
 しかし第一の仮説の方も二つに分岐する。文化の伝承についてアクセントは、可能な意味や真理を伝達する伝統の権威にあるのか。それともある「状況」下で受け継がれたあらゆる遺産を変形させる批判的審級にあるのか。
 こうした二者択一に以下のような二者択一がさらにつけ加わる。すなわちそれは〈あらゆる理解が自らの権能を有しているのなら、解釈学は普遍的だろうか〉、それとも〈もし社会的であり個人的でもある存在の構造がすべて意図的でないのが本当だとしたら、解釈学は制限されるのだろうか〉という二者択一である。第一の仮説の場合、解釈学はつねに解釈であり続けつつ、数え切れないほどの媒介を許容し、相互了解し、深まってゆくことができる。第二の仮説の場合、理解は制限された様態であり、その外部に説明が残され、弁証法や批判といった第三の学科による媒介に訴える。この二者択一はさらに以下のように倍増される。すなわち、もしすべての理解が歴史によって媒介されているのなら、自分自身についての解釈学の反省もやはり同様に歴史によって媒介されると述べなければならないだろうか。それとも、解釈がコンテクストと相関的であるのは、「合理的」なディスクールや「制限なき、足枷なきコミュニケーション」という統制理念に照らされてはじめて理解されると言わねばならないのだろうか(134)。第一のケースにおいて解釈学は、普遍性要求の核心自体のなかで自分自身の有限性を認めている、いいかえれば存在や思想の「時代époques」に依存していることを自ら反省するその「画期的épochal」性格を認めている(135)。第二のケースにおいて解釈学は、反省のうちで自分自身を超越し、超越論哲学の伝統に再登録される。第一のケースにおいて、解釈学の解釈学は基本テーゼに忠実であり続けるが、あらゆる科学性を排除する。第二のケースでは、解釈学は(少なくともアングロ・サクソン的な)科学概念が有する直接的な科学性の概念を擁護するが、反省に対する先行理解の優位性にかんする自分自身のテーゼを棄てることになる。

 

 

                    [了]

 

 

 

(74) (NdA) H.-G. Gadamer, «Rhetorik, Hermeneutik und Ideologiekritik», in Hermeneutik und Ideologiekritik, op., cit., p.57-82 [翻訳:ガダマー「修辞学、解釈学、イデオロギー批判」、『哲学・芸術・言語:真理と方法のための小論集』収録、斎藤博 訳、未来社、1977年、90-116頁]. «Replik», ibid, p.283-317. ガダマーへの批判にかんしては以下を参照。W. Pannenberg, «Hermeneutik und Universalgeschichte», Zeitschrift für Theologie und Kirche, 60 (1963), p.90-121. E.D. Hirsch, Validity in Interpretation, Yale University Press, 1967. ヨハネス・ローマンの言語哲学と比較せよ。解釈学と科学の一般的関係については以下を参照。Seminar: die Hermeneutik und die Wissenschaften, H.-G. Gadamer / G. Boehm (éd.), Suhrkamp, 1978.
(75) 奇妙に感じられる「アポトン」[稀なもの]とは、ガダマーが解釈学とイデオロギー批判との関係にかんする研究論集への寄稿論文のうちで使用した用語である。Gadamer, «Rhetorik, Hermeneutik und Ideologiekritik», in Hermeneutik und Ideologielritik, op., cit., p.64 [翻訳「修辞学、解釈学、イデオロギー批判」73頁].
(76) (NdA) H.R. Jauss, Kleine Apologie der ästhetischen Erfahrung, Universitätsverlag, 1972; Ästhetische Erfahrung und literarische Hermeneutik, Fink, 1977. 同様に以下も参照。W. Iser, Der Implizite Leser, Fink, 1972; Der Akt des Lesens, Fink, 1976 [翻訳:イーザー『行為としての読書:美的作用の理論』、轡田收訳、岩波書店、1982]. K. Stierle, Text als Handlung, Fink, 1975. J.M. Lotman, Die Struktur literarischer Texte, Fink, 1972. J. Mukařovský, Kapital aus der Poetik, Suhrkamp, 1967; Kapital aus der Ästhetik, Suhrkamp, 1970 K.R. Koselleck / W.-D. Stempel, Poetik und Hermeneutik, Arbeitsergebnisse einer Forschungsgruppe, t. I-VIII, Fink, [1970-1977]. E. Coseriu, «Thesen über Sprache und Dichtung», in W.D. Stempel (éd.), Beiträge zur Textlinguistik, Fink, 1971. H. Blumenberg, Der Prozess der theoretischen Neugierde, Suhrkamp, 1973.
(77) 受容美学の分析については、リクール『時間と物語III』308-316頁を参照。
(78) 「理解しつつ享受することversthende Geniessen」というヤウスの概念の訳語。
(79) 「古典的であるとは、「それ自身で意味するものであり、それゆえまたそれ自身で解釈するもの」[ヘーゲルの言葉]でもある。まさにこのことは、けっきょくのところ次のようなことである。つまり、〈おのれを維持しているものが古典的であるのは、そうしたものがおのれ自身を意味し、おのれ自身を解釈するからだ〉ということである。したがって、古典的であるとは、古典が失われたものについての言表、なお解釈されるべき何かについての生の証言であるような仕方で何かを言っているのではなく、古典は、何かがそのつどの現在に対してわざわざ言われているかのように、そのつどの現在に対して何かを言うのである。古典であるものは、真っ先に歴史学的な隔たりを克服する必要はない。それは、古典であるものがそれ自身、不断の媒介においてこうした隔たりの克服を行なうからである」(『真理と方法』S.294-295, 強調はガダマー。)。
(80) (NdA) Th. W. Adorno, Ästhetische Theorie (Gesammelte Schriften 7), Frankfurt/M. 1970. [翻訳:アドルノ『美の理論』、大久保建治訳、河出書房新社 1985年]
(81) ヤウス『美的経験と文学的解釈学』におけるアドルノ美学の批判については以下を参照。Hans Robert Jauß, Ästhetische Erfahrung und literarische Hermeneutik, Frankfurt/M (Suhrkamp) 1982, S.44-71.
(82) H.R. Jauß, «La jouissance esthétique. Les expériences fondamentales de la poièsis, de l’aisthèsis et de la catharsis», Poétique. Vol.10, n°39, p.261-274 (リクール『時間と物語III』331頁の注52を参照).
(83) カタルシスについては、本書収録の論文「啓示の観念の解釈学」p.221の編集注を参照。
(84) (NdA) J. Ritter, Metaphysik und Politik. Studien zu Aristoteles und Hegel, Suhrkamp, 1969, ²1972. 抜粋は以下を参照。«”Politik” und “Ethik” in der praktischen Philosophie des Aristoteles», in O. Pöggeler (éd.), Hermeneutische Philosophie, op.cit., p.153-176. また以下も参照。O. Pöggeler, «Die ethisch-politische Dimension der hermeneutischen Philosophie», in G.G. Grau (éd.), Probleme der Ethik, Alber, p.45-81. Ibid, Philosophie und Politik bei Heidegger, Alber, 1972.
(85) 以下を参照。J. Ritter, «”Politik” und “Ethik” in der praktischen Philosophie des Aristoteles», Metaphysik und Politik, op.cit., p.106-132.
(86) (NdA) 聖書釈義やキリスト教神学の領域における解釈学の含意については以下を参照。M. Van Esbroeck, Herméneutique, structuralisme et exégèse, Desclèe, 1968; Th. Lorenzmeier, Exegese und Hermeneutik. Eine vergleichende Darstellung der Theologie Rudolf Bultmanns, Herbert Brauns und Gerhard Ebelings, Furche, 1968; O. Lorenz / W. Strolz (éd.), Die hermeneutische Frage in der Theologie, Herder, 1968; G. Stachel, Die neue Hermeneutik. Ein Überblick, Kösel, 1968; P. Fruchon, Existence humaine et Révélation. Essai d’herméneutique. Cerf, 1976; E. Biser, Theologische Sprachtheorie und Hermeneutik, Kösel, 1970; G. Ebeling, Wort und Glaube, t. II, Mohr / Siebeck, 1969. 解釈学による形而上学の革新については以下を参照。E. Coreth, Grundfragen der Hermeneutik, Herder, 1969; Th.M. Seebohm, Zur Kritik der hermeneutischen Vernunft, Bouvier, 1972; L. Pareyson, Verità e interpretazione, Mursia, 1971; M. Theunissen, Hegels Lehre vom absoluten Geist als theologischer Traktat, De Gruyter, 1970.
(87) おなじくガダマーも寄稿論文集『解釈学とイデオロギー批判』において、このハーバーマスの理念を参照させている。翻訳:ガダマー「修辞学、解釈学、イデオロギー批判」99頁。
(88) フロイト流のメタ心理学の批判にかんしては、ハーバーマス『認識と関心』●●●頁を参照。
(89) (NdA) H.-G. Gadamer, «Replik», op. cit., p.291 et p.310.
(90) ここには、ガダマーがハーバーマスによる解釈学批判に「応答」する仕方でリクールがもたらす、控えめではあるが現実的な緩和表現がある。一連の主題はさらに、ガダマー解釈学とリクール自身との距離を示している。
(91) (NdA) P. Ricœur, «Qu’est-ce qu’un texte ? Expliquer et comprendre», dans: Du texte à l’action, op. cit., p.137-159. De l’interprétation. Essai sur Freud, Seuil, 1965 [翻訳:『フロイトを読む』、久米博訳、新曜社、1982年]; La Métaphore vive, Seuil, 1975 [翻訳:『生きた隠喩』、久米博訳、岩波書店、1984年]. いま挙げた著作は、解釈学の伝統に訴えることのない何人かのフランス人著者の著作に引きつけられるだろう。E・レヴィナス『全体性と無限』(原著:1961年、熊野純彦訳、岩波文庫、2005年)、同『存在の彼方へ』(原著:1978年、合田正人訳、講談社学術文庫、1999年)。H. Maldiney, Aîtres de la langue et demeures de la pensée, L’Âge d’homme, 1975. M・アンリ『現出の本質』、北村晋・阿部文彦訳、法政大学出版局、2005年。同『マルクス2──経済の哲学』(抄訳)、杉山吉弘・水野浩二訳、法政大学出版局、1991年。同じ方向性で英語圏のものとしては、Ch. Taylor, The Explanation of Behaviour, Routledge and Kegan Paul, 1964.
(92) 前半の注26を参照。
(93) 本書収録「解釈学の問題」第1節「解釈学と象徴系」[未邦訳]p.29を参照。
(94) M・フーコー『知の考古学』、慎改康之訳、河出文庫、2012年。
(95) 以下を参照。Ricœur, «De l’interprétation», Du texte à l’action, op. cit., p.31.
(96) リクール「説明と了解」(『解釈の革新』収録、久米博訳、26頁)参照。「物語において了解すべきは、まずテキストの背後で語っている人ではなく、物語において語られていること、テキストの事柄、すなわち、作品がいわばテキストの前で展開する世界である」(強調はリクール)。この主題にかんしては以下も参照。D. Frey, L’Intreprétation et la lecture chez Ricœur et Gadamer, PUF, 2008, p.241s.
(97) ガダマー『真理と方法』S.396.「書かれることによって固定されたものは、いわば世界中の人の目に意味の領域を立ち上らせ、この意味領域に対し読むことのできるすべての者が等しく関心をもっている」。
(98) L.O. Mink, «The autonomy of historical understanding», in W.H. Dray, Philosohphcal Analysis and History, Harper & Row, 1966, p.160-192.
(99) リクール『時間と物語I』第二部第二章「物語のための弁護」を参照。
(100) 本書収録論文「解釈学の問題」第2節「解釈学とテクスト世界」を参照。
(101) 『意志的なものと非意志的なものI』(原著:1950年、翻訳、滝浦静雄他訳、紀伊国屋書店、1993年)においてリクールは、「身体そのもの」もしくは(物象化された「客体―身体」との対比で「主体―身体」と呼ばれる)主体の身体の行為を問題とするなかで、因果と動機の間の区別を長いこと分析している。たとえば翻訳第1巻114頁以下を参照。
(102) (NdA) G.H. von Wright. Explanation and Understanding, Cornell Univ. 1971. [ジョージ・ヘンリック・フォン・ライト『説明と理解』、丸山高司訳、産業図書、1984年。]
(103) A. Danto, «What we can do», Journal of Philosophy, 60 (1963), p.435-445.
(104) フォン・ライト『説明と理解』●●●頁参照。
(105) ブプナー「解釈学の科学論上の役割」、『弁証法と科学』収録、加藤尚武 他訳、未来社、1983年、132-167頁。(本稿の注39および注45も参照せよ。)
(106) アーペル「科学の論理、解釈学、イデオロギー批判」、『哲学の変換II』収録、●●●頁。
(107) (NdA) H.-G. Gadamer, «Replik», p.283.
(108) リクール「解釈学の課題」、『解釈の革新』収録、久米博訳。(シュライアーマッハーと共に)「解釈学は、聖書釈義や文献学を「技術学」(Kunstlehre)に高めようとする努力から生まれた。すなわち、相互関連のない操作の集合に限定されることなき〈技術学〉なのである」(147頁)。
(109) (NdA) H.-G. Gadamer, «Replik», p.289.
(110) (NdA) N. Henrichs, Bibliographie der Hermeneutik und ihrer Anwendungsbereiche seit Schleiermacher, Philosophiea, 1968. ディルタイの有名な仕事である1860年の懸賞論文『シュライアーマッハーの生涯』(Gesammelte Schriften, Vandenhoeck & Ruprecht, t. XIV, 2) はすでに解釈学の歴史である。同時に1900年の概説書『解釈学の成立』(Gesammenlte Schriften, t. V, p.317-338) も参照。H.-G. Gadamer, «Hermeneutik», in Historisches Wörterbuch der Philosophie, J. Ritter (éd.), Schwabe, 1974; 同時に «Hermeneutik», in Contemporary Phislosophy: A Survey, R. Klibansky (éd.), La Nouva Italia, 1969, p.360-372. O. Pöggeler / G. Boehm, «Einführung», in Seminar. Philosophische Hermeneutik, op. cit., p.7-71. このペゲラーとベームの『セミナー:哲学的解釈学』において、「ロマン主義解釈学の前史」や「ロマン主義解釈学」や「ディルタイとその学派」やH・リップスのような何人かの同時代人に属する著者たちの一連の論考を見出すだろう。同様に以下も参照。R.E. Palmer, Hermeneutics. Interpretation Theory in Schleiermacher, Dilthey, Heidegger, and Gadamer, Northwestern University Press, 1969; E. Coseriu, Die Geschichte der Sprachphilosophie von der Antik bis zur Gegenwart. Eine Übersicht, TBL-Verlag, I, 1969, II, 1972. [(NdE) 最後に、『解釈の革新』収録の「解釈学の課題」において、リクール自身によって提起された解釈学の歴史もつけ加えておこう!]
(111) この「懐疑の大家」については、本論収録「解釈学の問題」第1節「解釈学と象徴系」p.28を参照。
(112) リクールはここでハイデガーの用語を採用している。ハイデガー存在と時間』第29節「情状性としての現―存在」を参照。同時に『存在と時間』第31節は、理解としての現―存在を特徴づけている。
(113) 現存在の定義については『存在と時間』の以下の箇所を参照。「われわれ自身こそそのつどの存在者であり、またこの存在は問うことの存在可能性をとりわけもっているのだが、われわれはこうした存在者を、述語的に、現存在と表現する」(渡辺二郎訳『存在と時間I』20頁)。
(114) 「ケーレ」にかんしては、ハイデガーがJ・ボーフレに宛てた手紙を参照。その中でハイデガー自身は「すべてがひっくり返った」地点として『存在と時間』の第三篇の廃棄を示している。「問題の第三篇が、差し控えられたのは、思索が、この転回を十分に言い述べようとしてもうまくゆかず、また、形而上学の言葉の助けによっては切り抜けられなかったからであった」(ハイデガーヒューマニズムについて』、渡辺二郎訳、ちくま学芸文庫、1997年、50頁)。
(115) 「存在の歴史を解体する課題」と題された『存在と時間I』第6節を参照。
(116) 本論の編集注68の前後を参照せよ。
(117) (NdA) K=O・アーペル「ウィトゲンシュタインハイデガー:存在の意味への問いと、あらゆる形而上学が無意味なのではないかとの疑い」(1967)、「ハイデガーによる〈解釈学〉の哲学的徹底化と、言語の〈意味基準〉への問い」(1968)、「ウィトゲンシュタインと解釈学的理解の問題」(1965)、『哲学の変換I』収録。
(118) 注117のアーペルの論文を参照。
(119) アーペルも同じ現象を確認している。「ウィトゲンシュタインと解釈学的理解の問題」を参照(『哲学の変換I』●●●頁)。
(120) 「解釈学と意味批判」と題されたアーペルの著作(『哲学の変換I』)の第一巻第二部を参照。
(121) カント『純粋理性批判』における神の存在論的証明の不可能性にかんする箇所を参照。有福孝岳訳:『純粋理性批判 中』、岩波書店、2003年、281頁以下。本書収録の論文「啓示の観念に解釈学」に付された編集注98も参照。
(122) 本論の編集注10の前後、および13の前後を参照。
(123) (NdA) H. Fahrenbach, «Die logisch-hermeneutische Problemstellung in Wittgensteins “Tractatus”», in Hermeneutik und Dialektik, op. cit., t. II, p.25-54; «Positionen und Probleme gegenwärtiger Philosophie, Teil II: Philosophie der Sprache», in Theologische Rundschau, 35 (1970), p.277-306; 36 (1971), p.125-144, p.221-243. J. Zimmermann, Wittgensteins sprachphilosophiesche Hermeneutik, Klostermann, 1975.
(124) ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』、翻訳43頁(4.022)。
(125) (NdA) Zimmermann, op. cit., p.7, 23-24, 50.[(NdE) 引用はウィトゲンシュタインの『論考ノート:1914-1916』における1915年4/26付けの記述より。「われわれは何らかの仕方で、言語が自ら自身に配慮することを再認識しなければならない」(強調はウィトゲンシュタイン)。]
(126) 『論考』の4.112を参照。「哲学の目的は思考の論理的明晰化である。哲学は学説ではなく、活動である。哲学の仕事の本質は解明することにある」(翻訳51頁)。
(127) Cf.Zimmermann,Wittgensteins sprachphilosophische Hermeneutik, op. cit., p.77-80.
(128) アーペルの論文「ウィトゲンシュタインハイデガー:存在の意味への問いと、あらゆる形而上学が無意味なのではないかとの疑い」および「ウィトゲンシュタインと解釈学的理解の問題」(共に『哲学の変換I』収録)を参照。
(129) アーペルの論文「ハイデガーによる〈解釈学〉の哲学的徹底化と、言語の〈意味基準〉への問い」を参照(『哲学の変換I』●●●頁)。
(130) (NdA) J. Zimmerman, Wittgensteins sprachphilosophische Hermeneutik, op. cit., p.224-237.
(131) (NdA) Id., p.251.
(132) ハイデガー『言葉への途上』(GA.12)、亀山健吉・ヘルムート・グロス訳、創文社、1996年。
(133) (NdA) A. Janik, St. Toulmin, Wittgenstein’s Vienna, Simon & Schuster, 1973 [翻訳:『ウィトゲンシュタインのウィーン』、藤村龍雄訳、平凡社ライブラリー、2001年]; G. Brand, Die grundlegenden Texte von Ludwig Wittgenstein, Suhrkamp, 1975; J. Bouveresse, La Parole malheureuse, Minuit, 1971.
(134) 疑いなくハーバーマスをほのめかしている。
(135) ここでリクールは、ここ最近の英語圏における多数の著者と同様、〈画期的epochal[英]〉という言葉にあてこんでいるが、この言葉は哲学的な〈エポケー〉と同時に用語の時間的・歴史的な意味での〈時代époque〉に送り返される。哲学的なエポケー(ギリシャ語のἐποχήは文字通り[賛同などの]「忘却ἀρετή」である)が伝統的に指しているのは、(古代の懐疑論では)問いかけられた呈示に対して自らの判断を保留にするか、(現象学では)先行的に与えられた世界のカッコ入れにする一貫した態度である。〈ここでエポケーが、自らの有限性を容認した解釈学の問いとなっている〉という事実によって考えさせられるのは、〈じっさいつねに自らの時代である世界像から遺産相続している〉と解釈学が認めることである。